早河シリーズ完結編【魔術師】
 東京都港区のJSホールディングス本社。経営戦略部のオフィスでは朝倉瞳が不在の隼人のデスクを眺めて溜息をついた。

「なぁんか木村主任がいないと華がなくてパッとしないな」
『それは俺達に華がないって言ってる?』

瞳の向かいの席の吉川副主任が彼女を見つめる。瞳は意味ありげな想いを含ませて吉川を見つめ返した。

「そういうわけじゃないですけど……」

 瞳と吉川はアイコンタクトで会話を交わす。二人のプライベートな関係に気付いている者は隼人だけだが、その隼人は今日は有給休暇で欠勤。

瞳と吉川のアイコンタクトにはまったく気付かない半田が同調した。

『朝倉さんの気持ち、俺はわかるけどね。木村主任がいるだけで場が華やぐからな。あの人って、男なのに華やかで美麗って言うか』
「そうっ! そうなんですよ半田さん! 主任のあの綺麗な顔を見るだけで仕事のやる気が出るんですよぉ! 推しを見ると元気になる感覚ですね。坂下さんもそう思わない?」

 隣席の瞳に急に話を振られた菜々子は驚きで肩が跳ねた。同僚の視線が一気に集まるこの状況は、注目が苦手な菜々子には苦痛だ。

「えっと、私は……確かに木村主任がいる方が活気があるなぁって……思います……」

彼女は度の強いメガネのツルに手を当ててうつむく。照れた菜々子の肩を瞳が軽く叩いて頷いていた。

 清掃会社のツナギを着た清掃員の男がフロアの外から彼らの様子を観察している。男は帽子の下に隠れたイヤホン越しに、経営戦略部に仕掛けた盗聴器で彼らの会話を盗み聞きしていた。

計画にちょうどいい人間が見つかった。男はほくそ笑み、モップやバケツの入る台車を押してその場から消えた。
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