早河シリーズ完結編【魔術師】
九階までの吹き抜けの空間は果てしなく縦に伸びている。早河と矢野は高い吹き抜けの天井を見上げた。
九階の落下防止柵を人が越えようとしている。
『あそこだ!』
早河と矢野、待機していた刑事達も一斉に動いた。上野は八階の刑事に九階に向かう指示を出し、三階の芳賀と千秋、六階の杉浦もエスカレーターを駆け上がって九階に急ぐ。
早河は映画館の係員に避難誘導を頼み、自身も客の避難誘導にあたった。非常事態に驚いた客達はロビーで騒然として動けずにいる。
九階から飛び降りようとしている人間をスマートフォンで撮影している者もいた。男も女も若者も中年も、スマホのカメラを上空に向けていた。
どいつもこいつも、どうかしている。目の前で非常事態が起きているにも関わらず、自分に関係のないことは結局は他人事なのだ。
『おじさん写真撮ってる場合じゃないよ。早く逃げて』
早河はシャッター音を鳴らしてスマホで撮影をする中年の男を咎めた。彼がいる地点は最悪の場合は、飛び降りた人間の下敷きになりかねない。
『うるさいな。せっかく面白いものが撮れたんだ。邪魔するなよ』
『あの人と一緒に心中したい? おじさんが今いる場所、あの人があそこから飛び降りれば確実におじさんが下敷きになって死ぬよ』
下敷きと言われてようやく事の重大さを理解した中年男は、顔を青ざめさせてスマホをしまった。この男に限らずここにいる人間は皆、少しは巻き添えを食らう可能性を理解するべきだ。
矢野がソファーやその他クッション代わりになる物を集めるだけ集める指示を係員に出していた。万が一、九階から飛び降りた時も床に直接叩きつけられるよりは、クッション代わりになる物の上に落ちればまだ助かる見込みがある。
だが間に合わなかった。八階の刑事が九階に到着した直後、九階の人間は乗り越えた落下防止柵の手すりを手放して飛び降りた。
誰もが言葉にならない声を上げる。早河も矢野も放心したまま、九階から落下する物体を目で追った。
人体が一階ロビーの床に叩きつけられる嫌な音。悲鳴とどよめき、驚いた子どもの泣き声。
まだ避難できていなかった客達は目の前の出来事にパニックに陥り、うずくまって震える者もいた。
割れた頭から流れ出る真っ赤な血液が艶のある白い床の上に広がる。そこには紅《あか》い、蓮の花が咲いていた。
真っ赤な花のような血の海は、どこまでも広がっていった。
上野恭一郎は絶命した男の顔を軽く持ち上げた。後ろにいた早河も死体を覗き込む。
『身元は小柳ですか?』
『これだけ損傷が激しいと今はなんとも言えないが、背格好を考えるとおそらく小柳だ』
九階から飛び降りた男の頭は割れて血が噴き出し、鼻が変形していた。
顔つきは若い。体格も小柳と類似する。靴は履いていなかった。
『上野さん。そいつは小柳で間違いないと思います。小柳のツイッターに2分前に最新のツイートがあがっていました』
矢野がスマホを上野に見せた。小柳のツイッター画面が表示されている。
九階の落下防止柵を人が越えようとしている。
『あそこだ!』
早河と矢野、待機していた刑事達も一斉に動いた。上野は八階の刑事に九階に向かう指示を出し、三階の芳賀と千秋、六階の杉浦もエスカレーターを駆け上がって九階に急ぐ。
早河は映画館の係員に避難誘導を頼み、自身も客の避難誘導にあたった。非常事態に驚いた客達はロビーで騒然として動けずにいる。
九階から飛び降りようとしている人間をスマートフォンで撮影している者もいた。男も女も若者も中年も、スマホのカメラを上空に向けていた。
どいつもこいつも、どうかしている。目の前で非常事態が起きているにも関わらず、自分に関係のないことは結局は他人事なのだ。
『おじさん写真撮ってる場合じゃないよ。早く逃げて』
早河はシャッター音を鳴らしてスマホで撮影をする中年の男を咎めた。彼がいる地点は最悪の場合は、飛び降りた人間の下敷きになりかねない。
『うるさいな。せっかく面白いものが撮れたんだ。邪魔するなよ』
『あの人と一緒に心中したい? おじさんが今いる場所、あの人があそこから飛び降りれば確実におじさんが下敷きになって死ぬよ』
下敷きと言われてようやく事の重大さを理解した中年男は、顔を青ざめさせてスマホをしまった。この男に限らずここにいる人間は皆、少しは巻き添えを食らう可能性を理解するべきだ。
矢野がソファーやその他クッション代わりになる物を集めるだけ集める指示を係員に出していた。万が一、九階から飛び降りた時も床に直接叩きつけられるよりは、クッション代わりになる物の上に落ちればまだ助かる見込みがある。
だが間に合わなかった。八階の刑事が九階に到着した直後、九階の人間は乗り越えた落下防止柵の手すりを手放して飛び降りた。
誰もが言葉にならない声を上げる。早河も矢野も放心したまま、九階から落下する物体を目で追った。
人体が一階ロビーの床に叩きつけられる嫌な音。悲鳴とどよめき、驚いた子どもの泣き声。
まだ避難できていなかった客達は目の前の出来事にパニックに陥り、うずくまって震える者もいた。
割れた頭から流れ出る真っ赤な血液が艶のある白い床の上に広がる。そこには紅《あか》い、蓮の花が咲いていた。
真っ赤な花のような血の海は、どこまでも広がっていった。
上野恭一郎は絶命した男の顔を軽く持ち上げた。後ろにいた早河も死体を覗き込む。
『身元は小柳ですか?』
『これだけ損傷が激しいと今はなんとも言えないが、背格好を考えるとおそらく小柳だ』
九階から飛び降りた男の頭は割れて血が噴き出し、鼻が変形していた。
顔つきは若い。体格も小柳と類似する。靴は履いていなかった。
『上野さん。そいつは小柳で間違いないと思います。小柳のツイッターに2分前に最新のツイートがあがっていました』
矢野がスマホを上野に見せた。小柳のツイッター画面が表示されている。