早河シリーズ完結編【魔術師】
早河真愛は分厚いカーペットの上で寝返りを打った。隣には真愛より年下の男の子が眠っている。
真愛はこの男の子を知っていた。男の子の名前は斗真。
真愛が保育園の年長組だった頃、母親の友人の結婚式に連れて行かれた時に、会場にいた斗真と一緒に遊んだことがある。年齢は真愛より3歳年下だ。
斗真はあの時よりも背も伸びて顔つきも男の子らしさが増したが、相変わらず綺麗な顔をした男の子だ。真愛の小学校には、斗真と同じくらい綺麗な顔をした男の子はいない。
しかし今の斗真は伏せた睫毛は涙で濡れ、怯えた子犬のように背中を丸めてうずくまっていた。
学校の帰り道で真愛の記憶はぷつりと途切れている。友人の里美と十字路で別れた後、知らない女に名前を呼ばれた。首が長くて顔も長い、キリンみたいな女だった。
「お母さんの友達」とキリンの女は言ったが、父親譲りの勘の良さを持つ真愛はすぐにそれが嘘だと察した。
知らない人にはついていってはいけないと、父にも母にも厳しく言われてきた。
その場を逃げようとした真愛は口を塞がれてあっという間に車に乗せられた。そこから意識がなくなり、気付いた時にはこの薄暗い部屋に閉じ込められていた。
真愛が目覚めると既に斗真がいて、斗真に話を聞くと彼も幼稚園の皆と公園で遊んでいたら女に声をかけられて、車に乗せられたと言っていた。
真愛と斗真の両手両足はロープで縛られている。朝寝坊が癖付いている真愛も寝ていることしかできないこの状況は苦痛でしかない。
(喉渇いた……)
数時間に一度、肌の色が黒い大柄な男が水と食料を運んでくる。目付きのギロっとした顔の怖い男だった。
あの男は動物にたとえるならゴリラだ。今のところ真愛が目にしたのは、キリンの女とゴリラの男だけ。
枕代わりのクッションの横には手のひらサイズの黒色の丸い物体が置いてある。円の中央は押しボタンになっていて、トイレに行きたい時はこのボタンを押すと部屋にいても人を呼べる。
真愛と斗真をトイレに連れて行くのは、いつもキリンの女だ。そうだ、キリンの女は真愛が通っていた保育園の“野本先生”に雰囲気が似ている。
でもキリンの女よりも野本先生の方が優しい。ゴリラの男もキリンの女も目が怖かった。
動物園で見た本物のゴリラとキリンの目は優しかった。動物は皆優しい目をしているのに、人間は違う。どうして?
(あの人達ってオバケみたいな目してる。マナ、オバケ見たことないけど)
真愛はボタンを押すのを止めた。これくらいの喉の渇きなら、寝てしまえば我慢できる。
泣き疲れて寝入っている斗真に寄り添った。斗真が泣いている時は、お姉さんぶって泣くのを我慢していた真愛の目にも今は涙が浮かんでいる。
(パパ……ママ……怖いよ)
──おとうさんはわるい人をつかまえるおしごとをしています──
作文にそう書いたんだ。真愛の父親は正義のヒーローだ。だから大丈夫。
(パパが絶対助けに来てくれる。マナのパパは世界一強いんだから)
真愛はこの男の子を知っていた。男の子の名前は斗真。
真愛が保育園の年長組だった頃、母親の友人の結婚式に連れて行かれた時に、会場にいた斗真と一緒に遊んだことがある。年齢は真愛より3歳年下だ。
斗真はあの時よりも背も伸びて顔つきも男の子らしさが増したが、相変わらず綺麗な顔をした男の子だ。真愛の小学校には、斗真と同じくらい綺麗な顔をした男の子はいない。
しかし今の斗真は伏せた睫毛は涙で濡れ、怯えた子犬のように背中を丸めてうずくまっていた。
学校の帰り道で真愛の記憶はぷつりと途切れている。友人の里美と十字路で別れた後、知らない女に名前を呼ばれた。首が長くて顔も長い、キリンみたいな女だった。
「お母さんの友達」とキリンの女は言ったが、父親譲りの勘の良さを持つ真愛はすぐにそれが嘘だと察した。
知らない人にはついていってはいけないと、父にも母にも厳しく言われてきた。
その場を逃げようとした真愛は口を塞がれてあっという間に車に乗せられた。そこから意識がなくなり、気付いた時にはこの薄暗い部屋に閉じ込められていた。
真愛が目覚めると既に斗真がいて、斗真に話を聞くと彼も幼稚園の皆と公園で遊んでいたら女に声をかけられて、車に乗せられたと言っていた。
真愛と斗真の両手両足はロープで縛られている。朝寝坊が癖付いている真愛も寝ていることしかできないこの状況は苦痛でしかない。
(喉渇いた……)
数時間に一度、肌の色が黒い大柄な男が水と食料を運んでくる。目付きのギロっとした顔の怖い男だった。
あの男は動物にたとえるならゴリラだ。今のところ真愛が目にしたのは、キリンの女とゴリラの男だけ。
枕代わりのクッションの横には手のひらサイズの黒色の丸い物体が置いてある。円の中央は押しボタンになっていて、トイレに行きたい時はこのボタンを押すと部屋にいても人を呼べる。
真愛と斗真をトイレに連れて行くのは、いつもキリンの女だ。そうだ、キリンの女は真愛が通っていた保育園の“野本先生”に雰囲気が似ている。
でもキリンの女よりも野本先生の方が優しい。ゴリラの男もキリンの女も目が怖かった。
動物園で見た本物のゴリラとキリンの目は優しかった。動物は皆優しい目をしているのに、人間は違う。どうして?
(あの人達ってオバケみたいな目してる。マナ、オバケ見たことないけど)
真愛はボタンを押すのを止めた。これくらいの喉の渇きなら、寝てしまえば我慢できる。
泣き疲れて寝入っている斗真に寄り添った。斗真が泣いている時は、お姉さんぶって泣くのを我慢していた真愛の目にも今は涙が浮かんでいる。
(パパ……ママ……怖いよ)
──おとうさんはわるい人をつかまえるおしごとをしています──
作文にそう書いたんだ。真愛の父親は正義のヒーローだ。だから大丈夫。
(パパが絶対助けに来てくれる。マナのパパは世界一強いんだから)