早河シリーズ完結編【魔術師】
 小柳岳が自殺を図った新宿三丁目の新宿シアター21の前にはマスコミが殺到している。16時を回り、テレビ局各社が夕方のニュースで新宿シアター21で起きた飛び降り自殺を報道していた。

 四谷《よつや》の早河探偵事務所に帰宅した早河は事務所のテレビをつけて小柳の自殺報道を眺めている。
小柳が飛び降りた直後の、館内の騒ぎを撮影した動画が放映された。その場にいた客からの提供映像だ。

映像には一部ボカシがかけられているが、騒然とする現場を駆け回る早河と矢野、上野達警察関係者の姿が捉えられている。マスコミにしてみれば美味しいスクープだろう。

 警察は小柳の自殺を未然に防げなかった。ニュースのコメンテーターからも捜査の失態を揶揄されている。

捜査会議では真愛と斗真の誘拐を公開捜査にするか否かの議論が続いているらしい。警察の職務に就いていない早河にしてみれば、公開捜査になったとしても己のすべきことは変わらない。

 早河のパソコンに新着のメールが届いた。差出人は警察庁刑事局長の阿部知己警視監。阿部には極秘で、ある人物の調査を頼んでいた。
この頼み事は警察庁刑事局長の地位にいる阿部にしか頼めない。

メールと共に送られた添付ファイルを閲覧する。添付ファイルの中身は、阿部に依頼したある人物の個人情報のデータだ。

(ここで12年前の“あの事件”に繋がるとはな……)

 12年前の2006年8月に佐藤瞬が三人の人間を殺害した静岡連続殺人事件はまだ終わっていなかった。少なくとも、“あの人”の中では。

 早河はパソコンの画面を見ながらスマホを耳に当てる。呼び出し音の後に矢野一輝の調子の良い応答が聞こえた。
小柳の自殺を食い止められず矢野も気落ちしていたが、落ち込む暇は矢野にも早河にもない。

『佐藤と連絡を取りたい。奴の居場所の情報を集めてくれ』
{そう言われると思ってばっちり探ってる最中ですよー。あと少し待っててください}

矢野との短い通話を終わらせて早河はリクライニングチェアーの背にもたれた。早河の読み通りなら、“あの人”の目的は佐藤瞬だ。

『これは復讐……なのか?』


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