早河シリーズ完結編【魔術師】

　友達はいても“リアルな友達”は極めて少数。菜々子はスマホをツイッターに接続した。
菜々子がツイッターで使っている名前は本名の菜々子の字から連想して〈なっぱ〉。


　￣￣￣￣￣￣￣￣￣
　トイレで化粧直ししてる人達が怖くて出られない
　もうすぐ昼休み終わるのに(泣)
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　あーりん
　→なっぱちゃん大丈夫？
　化粧直ししてるケバい女なんかに負けるな！
　がんばれo(｀・д・´)o
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　ツイッターに吐き出した呟きにすぐにリプライが来た。ツイッターで頻繁にやりとりをしている〈あーりん〉だ。

リアルな友達が少ない菜々子にも〈なっぱ〉としてなら、ツイッターのフォロワー数は814人もいる。この814人が自分の味方だと菜々子は信じていた。

〈あーりん〉の他にもツイッターで親しくしている〈みなと〉や〈マサ〉は男性だ。男が苦手な菜々子もネット画面を通してならば苦手意識なく男性と会話ができる。

　しかしリアルな男性との交際経験は一度もない。こんな容姿なので男に好かれるどころか、小学生の頃から異性からも同性からもイジメの対象とされてきた。
ひとりっ子なので男兄弟もいない。

　リアルな男性を目にすると極度の緊張で身体が強張って動けなくなる菜々子が、初めて恐怖心を抱かなかった男性が上司の木村隼人だ。

容姿端麗な顔立ちと洗練されたスマートな物腰は二次元の男性キャラクターのよう。菜々子が好きな美少女アニメに登場する美少年キャラクターと木村隼人の容貌は瓜二つだった。

　隼人の魅力は容姿だけではない。彼の指示は的確で無駄がなく、仕事の教え方もわかりやすい。
仕事中の真剣な眼差し、同僚と談笑の際に見せる笑顔、すれ違い様にふわりと香るコロンの香り。菜々子には隼人の存在そのものが非日常の二次元の世界。

　二次元のキャラを具現化した三次元の隼人の唯一の“リアル”が、左手薬指の結婚指輪。恋愛に疎い菜々子でも一般常識として左手薬指の指輪の意味は知っている。

（主任の奥さん綺麗な人だもんね）

女子社員に噂されていた隼人の妻を菜々子は写真で見たことがある。隼人のデスクには家族写真が飾られていて、二人の子どもと夫に囲まれた女性が写っていた。

　二次元の美少女を実現させたかのような彼女の容姿は二次元の王子様の木村隼人とお似合いで、菜々子は彼女に目を奪われて魅了される。

それはモブキャラとして日陰にいる自分とは真逆の、菜々子が決してなれない美少女アニメの主人公への憧れと敬意に近い感情だった。