裏稼業殺し屋の聖職者はうっかり取り憑かれた悪魔から逃げ切りたい!?
「……〜〜〜ふわぁっ、な、え? ええーー??」

「動揺しすぎだろ」

 初めてでもあるまいし、と冷静に切り返されたパトリシアは、

「私、自分から攻めるのは良くても、迫られるのには弱いみたいですわ」

 売り上げ一位恐るべし、と顔を赤くして本で顔を隠す。

「その間違った認識は正しとけよ」

 フィクションを参考にしないように、とパトリシアに念を押してグレイは本を取り上げた。

「で、こっちにいても大丈夫なのか?」

「魔王さまの勅命の下、法令を守って越境しておりますので、今回は無傷ですわ」

 グレイの心配そうな声に驚いて、目を丸くさせたパトリシアは、ふざけすぎたと少しバツが悪そうな顔をして質問に答える。

「勅命? それに法って」

「あちらは一応法治国家なのですよ? まぁ、魔王さまが法律みたいな感じですが」

「……それは、独裁国家っていうんじゃないだろうか?」

「ふふっ、みんな好き勝手してますから大丈夫ですわ♪ 魔王さまは自分に害がなければ結構寛容でいらっしゃいますし」

 と、グレイに故郷を語り、

「そうでした。グレイに会ったら一番にお伝えしようと思ってましたのに、失念しておりました。おかげ様で魔王さまが無事目を覚まされまして、今ではすっかりユズリハの尻に敷かれておりますのよ」

 あちらの世界は当分安泰ですわね、とパトリシアはその後の物語をグレイに聞かせる。

「そうか」

 妹の無事を知り、グレイは表情を柔らかくさせる。

「ユズリハは今幸せですわ。それは私が保証します」

 会わせてはあげられませんけど、と言ったパトリシアに、

「知らせてくれて、ありがとう」

 とグレイが礼を述べる。
 そこには初めて対峙したときのような殺伐とした雰囲気はなく、温かくて優しい気配で満ちていて。
 どんな絶望よりも、心地よい。

「ずっと、グレイに会いたかった。あちらで駄々をこねた甲斐がありました」

 どういたしまして、とパトリシアは幸せそうに笑って答えた。

「それにしても、近況を伝えるためだけに越境させてくれるなんて、魔王は随分と部下思いなんだな」

 彼女が来た理由を知り、パトリシアが向こうに帰る時は手紙でも託そうかなんて呑気に考えていたグレイに、

「まさか、そんなわけないじゃないですか!」

 パトリシアはやや芝居がかった口調で大袈裟に首を振る。
 じゃあ用件はなんだと訝しむグレイにふふっと楽しそうに笑ったパトリシアは、

「私、七大悪魔も魔王代行もクビになりまして、現在無職なのです」

 とハキハキと現状を告げる。

「クビ、なんて制度あるのかよ」

「一応制度としてあるみたいなのですよ。実は魔王さまにちょっとしたオイタがバレてしまって」

 慰めてくださいませ、とグレイの胸に頭を擦り付けるパトリシア。
 どうやら撫でろという事らしい。
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