大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
「いっ……や――!!!無理、無理!!!考え直して、翔陽くん‼」

「何言ってんですか!婚約指輪でしょう!このくらい普通ですってば!」

 駅ビルの中、少しお高めのジュエリーショップに引きずられるように連れて行かれた私は、あっさりと決められたそうになった指輪の値段に、真っ青になった。
 首を勢いよく振って抵抗するが、翔陽くんは引いてくれない。
「私の財力じゃ、無理だってば!」
「だから、僕が買うって言ってるじゃないですか!」
 お互い一歩も譲らず――約二十分ほどか。
 すると、困り果てた担当の店員さんと交代するように、店長、と、ネームプレートをつけた女性が私達の前に立った。

「お客様、まずは、こちらへ」

 ニッコリと――少し、圧を感じる微笑みで、私も翔陽くんも、ギクリ、と、固まる。

 ――マズい。これでは、完全なる迷惑客ではないか。

 ビクついている私達を、店長の彼女は、奥の応接セットのソファにうながした。
 それに逆らえるはずもなく、身を縮こませながら二人で座る。
「あ、あの……」
 もう、平謝りして逃げるしかない。
 冷や汗をかきながら、両手をヒザの上で握り締める。
 そう構えていると、目の前に座った彼女は、意外にも優しい口調で言った。
「当店の婚約指輪の平均額は、大体、これくらいなのですが――ご予算は、お考えで?」
 そして見せられた電卓の金額に、チラリと翔陽くんを見やる。
 けれど、彼は、平然とうなづいた。

「ええ、でも、僕がまだ若輩者なので、彼女が気を遣ってくれているんです」

 ――よくもまあ、口から出まかせを!

 心の中で突っ込んでしまうが、店長さんは、感心したようにうなづいた。
「そうなんですね。――失礼ですが、お歳の差をうかがっても……?」
「十歳です」
「まあ、それでは、彼女さんも、気が気でないのかもしれませんね」
「そうなんですよ。でも、一生物なので、頑張りたいと思ってはいるんです」
 翔陽くんの言葉にうなづくと、彼女は、ショウケースから、数点の指輪を取り出した。
「では、こちらのシリーズなど、いかがでしょうか。平均金額よりは少々抑えておりますが、どれも石は良いものを使っておりますし、シンプルで、普段使いにも抵抗が少ないかと」
 私は、恐る恐る、差し出された指輪をのぞき込む。
 小さな――おそらく、ダイヤ、だろう――石は、光を反射して煌めいている。
 そして、リング自体は細身で、全体的にも、そんなに目立つものではない。
 
 ――何より、お値段が、かなり控え目だ。

「し……翔陽くん」
 私は、他のものを眺めている彼の袖を引くと、そのリングを指さした。
「――それにしますか?」
「……ええ」
 とにかく、これからの場を乗り切れればいいのだ。
 ――結果がどうであっても、最善を尽くすしかない。
 幸い、出された指輪がちょうど良かったので、そのまま受け取る。
 支払いは、ゴネにゴネたが――最終的に、私が払う事に成功したのだった。



「……信じられない……女性が払うなんて……」

「男女差別発言をサラッとしないでよ」

 呆然としながら店を出た翔陽くんは、私の手を取り、苦笑いで振り返った。
「……まあ、あきらめますよ」
「そうしてちょうだい」
 そして、反対の手で持っていた、指輪の入った紙袋を差し出す。
「――どうぞ。はめるなら、ご自分で」
「翔陽くん」
 さすがに、彼に、はめてもらうのは違う。
 これからの予定に浮かれながら歩いて行く学生の集団や、仕事なのか、スーツ姿で急ぐ男性。
 そんな人達の視界から外れるように、私達は、駅ビルから出ると、外へ出る通路の途中にあったベンチに座った。
 そして、私は、周囲に人がいない事を確認すると、恐る恐る取り出した指輪を、左の薬指にはめる。

 ――……本当は……江陽に、はめて欲しかったけれど……。

「羽津紀さん」
「え」
 顔を上げれば、翔陽くんに、少し悲しそうに微笑まれた。
「――……すみません、兄さんじゃなくて」
「……良いのよ。……それに、今は、あなたの婚約者でしょう?」
 そう言って、笑って返す。
「――ハイ」
 彼はうなづくと、立ち上がる。
 そして、私にその手を差し出した。
 ついさっき繋いだばかりの手は――緊張なのか、かなり冷えている。
 私は、それを温めるように、彼の手を握り締めた。
< 100 / 143 >

この作品をシェア

pagetop