大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
 翌朝、私がゆっくりと起き上がると、狭いキッチンの中、江陽がアレコレ棚や引き出しをのぞき込んでいた。
「……おはよう、江陽。……何してるのよ……?」
「おう、はよ。……いや、何か、朝飯作ろうかと……」
 そう言われ、私は、思い切りしかめ面をしてしまった。
「……何だよ、その顔」
「……い、いいわよ。私がやるから」
「いいから、寝ておけ!――……こ、子供が第一、だろ」
 口ごもりながらも江陽が言う、その言葉に胸が詰まる。
 でも――。
「あのね、妊婦は病人じゃないの。適度に動かないと、逆に辛くなるって、本に書いてあったわよ?」
「……え」
 驚いた顔を見せたヤツは、けれど、引き下がらない。

「……でも――今日は、オレがやる」

「……アンタねぇ……」

「――……それに……この先、必要だろ。……いざという時、やれねぇと……」

 ゴニョゴニョと言い訳するようにつぶやきながら、江陽は冷蔵庫から卵を出すと、ぎこちない手でボウルに割り落とす。
「お前に比べたら、大したモンは作れねぇけどな」
「――……江陽」
「とにかく!……今日は、休んでろ」
「……わかった。……ありがとう……」
 胸の奥が幸せであふれる。

 ――こんな気持ちに、また、なれるなんて――思わなかった。


 ――……もう……あきらめよう。


 ――……結局、私は、コイツから離れることはできないのだ。



 少々焦げたトーストと、卵焼き。
 昨夜、私が作って食べ損ねた煮物で、洋食とも和食ともわからない朝食。
 部屋の中、二人で向かい合って食べるのは――新鮮だった。
「……だ、大丈夫、か?」
「……自分で作っておいて」
 恐る恐る私を見やる江陽の表情に、苦笑いが浮かんだ。
 口にした卵焼きは――ちょっと甘すぎるが、それを補って余りある、幸せというスパイス。

「――……うげっ!砂糖、入れ過ぎた……」

「何てカオしてんのよ」

 その、懐かしさすら覚える端正な顔を、思い切りしかめたヤツを見やり、私は、笑った。


 それから、再び部屋までやって来た片桐さんを、威嚇するような江陽を押さえながら、仕事の準備をする。
 今、私は、自分で勤務時間を管理するような――フリーランスのような形態だ。
「――で、話はついたのかな、三ノ宮くん、名木沢さん?」
 そう、少しだけからかうように尋ねられ、江陽と二人、バツが悪くなりながら視線を交わす。
「……ハイ」
「――良かった。コレで、三ノ宮くんが振られたら、僕はストーカーの手伝いという事になってしまうからね」
「片桐班長!」
「か、片桐さん……」
 目を剥く江陽は、しかし、彼に頭を下げた。

「――片桐班長……ありがとう、ございました」

 彼は、それにうなづくが、思い出したように言った。
「ああ、でも、キミもう、ウチの人間じゃないでしょ。――班長はいらないんじゃないかな?」
「……もう、クセです。呼び名ってコトにしておいてください」
「……うーん……まあ、仕方ないか」
 肩をすくめた彼は、私を見やり、尋ねた。
「で、名木沢さん。今日は、どうするのかな?」
「え?」
「僕も、ただ、キミに会うためだけに、来た訳じゃないからさ」
「――……え」
 私は、彼の表情が変わった事に気づき、江陽を見上げ――そして、眉を下げた。
「……アンタはどうするのよ」
 見えるのは、完全にふてくされた表情のヤツだ。
 ――何、拗ねてるのよ。
 すると、ヤツは、ボソリと言った。

「……このまま、ココにいたいんだけどな……親父には、休みもらえなかったんだよ……」

「ああ、じゃあ、帰るのね」

 それもそうだ。
 人は、恋愛だけで生きている訳じゃない。

 私がうなづいて返すと、江陽は、思い切り顔をしかめた。

「何で、そう、あっさりしてんだよ!――せっかく、会えたのに」
「だって、仕事じゃないの」
「そうだけど‼何か、もうちょっと、名残惜しそうにしろよ‼」

「充分、名残惜しいわよ‼でも、仕方ないでしょうが‼」

「――……っ……!!!」

 ヤツは、急に固まる。
 そして、はああ、と、大きく息を吐いた。
 何だか、バカにされているような気がするが――。
「名木沢さん、あまり、振り回してあげないの」
「え?」
 片桐さんにそう言われ、私は、はてなマークが浮かんだ。
「――まあ、それがキミだから……仕方ないか――三ノ宮くん?」
「……わかってますよ」
 男二人の共通認識が、何だか腑に落ちないが――私は、とりあえず、その話題を終了した。

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