大嫌い同士の大恋愛     ー結婚狂騒曲ー
 翌朝、大して眠れなかった頭を振りながら、いつものルーティンをこなし、何も無かったように聖を迎えに行く。
 インターフォンを鳴らせば、昨日とは打って変わって、いつもの美しい聖が現われた。

「おっはよー……昨日は、爆睡しちゃった」

「そう、でも、スッキリしたみたいね」

 私が苦笑いで彼女を見上げれば、困ったように微笑まれる。
 それだけでも、眼福。
 荒みかけていた心が、軽く洗われた。
「あのねー、想兄ちゃんが、ちゃんと話聞いてくれるって言ったの」
「え」
「だから、羽津紀。今週末、一緒にいてくれない?」
「――え、あ……ええ……わかったわ」
 一瞬、ためらってしまうが、約束してしまったのだ。
 早いところ、想真さんに引き下がってもらわねば。
「ありがとー、羽津紀、大好き!」
 聖は、私に抱き着き、笑顔を見せる。
 この表情が曇るくらいなら――私の事は二の次だ。
「ハイハイ、私もよ」
 そう返せば、聖は、上機嫌で私の腕に絡みつき、エレベーターまで歩いて行く。
 ――こういう事をするから、あらぬ疑いをかけられるのかもしれないわね……。
 以前、江陽が私と聖の仲を疑った事を思い出し、苦笑いする。

「そう言えば、羽津紀、昨日、江陽クンって出勤してた?」

「え?」

「何か、昨日、総務の方で、江陽クンが辞めるとか何とかってウワサになっててさー」

 瞬間、息をのんだ私を、聖は見逃さない。
 彼女は、私から離れ、伺うようにのぞき込んだ。
「……何か、あったの?」
「……聖」
 私は、顔を上げ、彼女を見やる。
 けれど、すぐに視線を下げてしまった。
「……ごめん、なさい……」
「――言えない?」
 その問いかけには、首を振って答える。
「そういう訳じゃなくて……まだ、説明できるほど、理解が追い付いていないというか……」
「……そっか」
 聖はうなづくと、体勢を戻した。
 そして、その長身をスラリと伸ばし、私に言った。

「でも、何があっても、アタシは羽津紀の味方だからね」

「……ええ……ありがとう」

 うなづいて返すと、エレベーターの到着音が響き渡った。
 二人でそれに乗り込むと、いつもの日常に向かう。


 ――それが、いつもの、と、言えるのが、幸せなのだという事は、もう、嫌というほどにわかっている。
< 58 / 143 >

この作品をシェア

pagetop