魔女と忌み嫌われた私、売られた隣国で聖女として次期公爵様に溺愛されています
「気にしないで。私は、当然のことをしたまでよ。今までずっと覚えていてくれたのね」

 アリーセは涙声にならないように必死にこらえる。

「おれも、お礼を言えてよかった。ずっと引っかかってたんだ」

 少年がすっきりした顔で笑う。それから、アリーセとレナールの繋がれた手に視線を向けた。

「――アリーセさんはこの村を出るの? 隣の人、ラウフェンの人じゃないよね?」

 レナールの黒髪はこの国ではあまり見ない色だ。少なくともこの村人にはいないはず。

「そうです。彼女はこの村を出て遠くへ行きます。私と一緒に」

 答えたのはレナールだった。後半強調したのは気のせいだろうか。
 少年の反応はあっさりしたものだった。

「そうか。元気でね」
「うん。あなたも」
「そうだ。今日は皆小麦の収穫中だから、念のため、畑の方には近寄らない方がいいよ。今年はいつもより収穫量が少ないから……」

 言葉を濁す。迂闊にみつかったらアリーセのせいにされるかもしれない、と言いたいのだろう。
 少年は手伝いから逃げ出して、たまたま通りかかったらしい。アリーセと会ったことは誰にも言わない、と約束してくれる。
 もう少し逃げ回るという少年を諫めると、少年は肩をすくめた。手を振って別れる。

「アリーセ。よかったな」
「はい」

 アリーセは目尻ににじんだ涙を拭う。
 彼と会えただけでも、ここに来てよかった。そう思えた。

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