Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 階下から声がした。返事ができずにそのまま放心していると、やがて階段を上がる音が聞こえ、開けっぱなしにしていた自室の扉をコンコンとノックされた。

「想乃……大丈夫?」

「慧弥さん」と言い、顔を上げる。想乃の目からこぼれた涙に気づき、慧弥がそばに座った。

「勝手に入ってごめんね」

 頬に付いた丸い粒を、彼が人差し指で掬い上げてくれる。

「ごめんなさい、楽譜がなくて」
「……うん」
「自分で捨てたのを……忘れてて」
「そう」

「これは?」と言ってそばに置いた紙袋を慧弥が引き寄せた。中に仕舞ったトロフィーと賞状を見つめて「あのときの?」と想乃に尋ねる。こくりと頷いた。

「私。慧弥さんと出会えて調子に乗ってた」
「……うん?」
「精神的にも金銭的にも。少し余裕ができたから前みたいな睡眠不足になることもないし。またピアノを弾けるようにもなって嬉しいって……ついはしゃいでしまって」
「そう。いいことじゃない」

 彼の穏やかな肯定にううん、とかぶりを振った。

「駄目なのっ、私にいいことが起こっても、お母さんは良くならないもの。私がピアノを弾いてももうお母さんには聞いてもらえない。お母さんにまた笑ってほしいって思うのに……っそうできない」
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