Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
『なにと訊かれても。お金じゃ買えないものだから』

 さらりと答える彼を見て膨らんだ意欲が途端に萎んでいく。

 お金じゃ買えないもの……? それはいったい。考えてから思いついた単語を口にする。

『たとえば時間、とか?』
『まぁ、そうだね』

 そっか。なんにせよ、彼が本当に望むものを私にはあげられそうにない。

『せめて。私になにかできることがあれば言ってくださいね』
『……うん?』
『ピアノを弾くぐらいしか能がないんですけど。慧弥さんの聴きたい曲、また演奏しますから』

 前にリクエストされていたコンクールで弾いた曲目も、楽譜を手に入れてすでに聴いてもらっていた。彼は懐かしそうに目を細めて喜んでくれた。

『じゃあひとつだけ。調子に乗ってリクエストしてもいい?』

 慧弥のお願いにパッと目を上げて『勿論です』と頷いた。

『ハグしてくれる?』
『……ハ』

 グ……。浮かべた笑みが瞬時に固まった。彼は椅子を引いて立ち上がり、『ん』と手を広げてスタンバイしている。想乃の視線が上に移動して彼の顔の位置で止まった。

 もしかして、慧弥さん……酔ってる?

 表情にこれといった変化は見られないけれど、自分なんかにそんなことを頼むなんて。
< 172 / 480 >

この作品をシェア

pagetop