Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
『あとになって気づいたんだ。“お互いに本気で好きにならないこと”って一文を、契約書に入れておけばよかったなって。そのほうが、あとあと面倒にならなくて済むでしょ?』

「ああ……」と気の抜けた声を漏らし、「そういうことですか」と平然と言い放った。

「だったら大丈夫です。私……どちらかというと恋愛には疎いほうなので。誰かを好きになる感情とか、実はよくわからないんです」

 嘘をついた。慧弥に、本意ではない言葉を初めて口にした。

『……そうなんだ?』と、彼がほっとしたように言う。

「はい。ずっとピアノばかりの毎日でしたから」
『……ああ、なるほど』
「あ、でも、男性経験は皆無なのでいちいち照れちゃうんですけどね」
『ははっ、いいんじゃない? そこが想乃の可愛いところだから』
「もう、からかわないでくださいよ」

「あはは」と笑ったあと、慧弥が安堵したように『なら、いいんだ』と続けた。

 今が電話でよかったと、心の底から思った。視界が少しだけぼやけ、頬に一粒の涙がこぼれ落ちる。

 電話の向こうにいる慧弥に気づかれないよう、想乃は努めて明るい声を出し、相槌を打っていた。
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