Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 彼と過ごせる時間はまだたっぷりと残されている。諦めずにひっそりと想い続けるぐらいは許されるはずだ。

 それと同時に思う。この恋心だけは慧弥に知られてはいけない。もし知られたら、契約破棄は容易に想像できるし、何より彼はがっかりするだろう。困った顔でため息をつくかもしれないし、嫌そうに眉をひそめるかもしれない。

 想乃の好きなあの笑顔でもう二度と笑いかけてはくれないだろう。そんなのは嫌だ。

 だからこそ、自分も慧弥を欺いてやる。恋なんてわからないとうそぶいて、ただただ純粋で天然なピアノ女子を演じていればいい。

 今、私がすべきことは、後ろを振り返ることでも立ち止まって悩むことでもない。現実に待ち受けている仕事を確実にこなすために、ピアノに向き合うことだ。

「よし!」

 両手で頬を叩き、想乃は再び自室へ引き返した。床に放り出した鞄の上にスマホがあるのを認め、持ち上げる。ポップアップ通知に一件のラインメッセージが表示されていた。

 タップして開くと今日交換したばかりの黎奈のものだった。

【想乃ちゃんに頼まれていた母の楽譜、見つけたわよ。週末は予定が立て込んでいるから来週にでも届けるわね?】

 ふっと口角を上げて微笑み、黎奈に【ありがとうございます】と返した。

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