Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 いつしか雅の傍らに幼い自分が立っていた。外から見ていた大人の自分は少年の目線と合致した。

 鍵盤の上を流れるすらりとした白い指を見て、慧弥はきらきらと目を輝かせた。慧ちゃん、と顔を綻ばせて雅が笑った。「慧ちゃん、大好きよ」と。

「ぼくもママが好き」

「ママが世界で一番好き」とすり込みされた雛のごとく繰り返すと母は決まってこう言う。

「早く大きくなってね、ママだけの慧弥」

 ピアノを弾く手を止めて、雅はぎゅっと慧弥を抱きしめる。頭を撫でてどこまでも甘やかした。

 赤ちゃんのころからママっ子で、雅にべったりくっ付いていた慧弥は、母の愛情を独り占めした。

 雅に抱きしめられながら愛を確認し、幸福感に包まれた。姉である黎奈が、弟ばかりを可愛がるといじけてもお構いなしで、ただ母とともにいられる時間に愛おしさを感じていた。

 大切で不可欠。なくてはならない存在だった。それゆえに病原体が雅の体をむしばみ、死の淵に追いやったときは二度と立ち直れないほどの孤独と絶望に(さいな)まれた。雅との死別は身を切られるほどに痛かった。

 ここでふたつ目の夢に切り替わった。
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