Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 暗譜できていたからなのだろうか。自分でもこんなことは初めてで不思議な感覚だった。間違いなく初見の楽譜で、これまでに弾いた覚えもない曲なのに、指が知っているような気がして、脳の一部が強烈に痺れた。

 一曲をまるまる弾き切ると、隣りで見ていた黎奈が「すごい」と呟いた。潤んだ瞳で想乃を見つめ、息を呑んでいた。

「まるで母のピアノを聴いているようだった」

 黎奈は震える声で言い、「想乃ちゃんのピアノ……かなりのものね」とどこか神妙な顔つきになった。

「本当ですか。ありがとうございます」

 想乃は不思議な感覚に答えを見出せないまま、黎奈に会釈する。

 続けて二曲目の楽譜に移り、五線譜の先頭から演奏するのだが先ほどと同じ感覚に包まれ、次のページを捲らずとも弾き切ることができた。三曲目も同様だった。

 黎奈はピアノの音に圧倒されて、ほうと息をついていた。

「弾いたことがあったのね」

 確認するような黎奈の視線にたじろぎ、想乃は曖昧に首を傾げた。

「あまり覚えていないんですけど……もしかしたら。学生のころにちらっと弾いたのかもしれません」

 黎奈は「へぇ」と言って目を見張り、「それにしてもすごいわね」と感心していた。
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