Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
「父のパーティーではその三曲を弾くといいわ。慧弥も多少は曲調を覚えているだろうから、驚くわよきっと」

「本番まで内緒にしたほうが面白いかも」と続け、黎奈は楽しそうに笑った。「サプライズですか?」と尋ねて想乃もくすくすと笑って肩を揺らした。

「慧弥さん。もしかしたら懐かしくて泣いちゃうかもしれませんね?」

 慧弥のまえで初めて演奏した日を思い出し、何気なく言うのだが。黎奈は大きな目を瞬き、「泣く? 慧弥が?」と言って唖然とした。

「あの子が最後に泣いたのは、母を亡くしたときよ……それ以降は強がってばかりで、正直泣いたところは見たことがないわね」

 え、と自分の表情が固まった。意外だった。なにも彼が泣き虫だと思っていたわけではないが、彼が実母を亡くしたのは七歳のころだと聞いている。

 その幼さで姉の前ですら泣かなくなった。だとすれば、あの日彼が涙を流したのは、ピアノの旋律に胸を打たれたからだろうか。

「黎奈さんと慧弥さんのお母さまって、いったいどんな方だったんですか?」

 想乃は譜面台に置いた楽譜を丁寧に折りたたみ、黎奈に向き合った。「そうね」とぽそりと呟き、黎奈は寂しそうに目を伏せた。

「慧弥だけに愛を傾ける人だった」
「……え?」
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