Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 慧が呟き、嘆息をこぼした。「来週末にでも行ってきなさい」と続け、慧弥の肩にぽんと手を置いた。

「そうします。僕としたことがうっかりしていました」

 ははは、と慧弥が笑うと同調して慧も笑みを浮かべる。想乃は幾らか潤んだ瞳を持ち上げ、呆気に取られた。

 慧弥と目が合った瞬間、「ふっ」と吹き出されるので、自分はまた“面白い”表情(かお)をしているらしい。

「想乃さん。今日は息子と同席してくれてありがとう。聞くところによると、このあとピアノを弾いてくれるそうだね?」
「はい。心を込めて演奏いたします」

 うんうん、と頷き、慧が嬉しそうに目を細めた。笑った顔がすごくおだやかでかっこいい。本当に還暦? たびたびそう思ってしまう。

「それじゃあ父さん。一旦失礼いたします」
「ああ。おまえも挨拶で忙しいだろう、存分に披露してきなさい」

「はい」と返事をして、慧弥は父親に一礼した。想乃もそれに倣い、頭を下げる。再び慧弥に手を取られ、歩き出した。

 その後、慧弥の祖父・並樹勲にも紹介され、さらに彼が日々仕事で関わる他社の役員や得意先の社長たちへも、婚約者として披露された。

 想乃はできる限り品のある振る舞いを心がけ、淑やかに微笑む。

 婚約者のふりをしているなどと怪しまれることもなく、順調に挨拶をこなしていった。
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