Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 母のピアノが好きだと事前に伝えてはいたけれど、母本人に特別懐いていたことは言っていない。姉の黎奈から聞いて、だからこそ曲目を伏せていたのだ。

 きっと、俺を喜ばせようとしてくれたのだろう。

 慧弥は右手を額に当て、ふふっ、と微かに笑った。やられたな。心の内で呟く。そして同時に思う。よくわかったよ。

 全ては“ミライの思惑”どおりに事が進んでいる。“彼ら”が最終的に“この世界線”をどこへ導こうとしているのか。まだ蜃気楼のようにぼんやりしている部分もあるが、ひとつだけ確信できることがある。

 三十年後に生きる彼らの世界では、浅倉想乃はおそらく———。

 三曲目の大サビに入り、彼女の演奏はいよいよ終盤を迎える。慧弥は目を閉じ、力強く紡がれる音色に聴き入った。

 ミライの背後にいる奴の正体も、おおよそ察しがつく。……そして、俺にとって不利にならないのも確実だ。

 だったらもう迷いはない。今後も彼らの計画に乗っかって、俺も欲しいものを手に入れるとしよう。

 割れんばかりの拍手が響き渡っていた。

 演奏を終えた想乃がピアノに背を向け、お辞儀をしている。

 慧弥は穏やかに微笑みながら、想乃に拍手を送った。心が震えるような演奏だった。

 じっと彼女を見つめていると、想乃が顔を上げ、目が合った。

 恐縮です、と言わんばかりに頬を赤らめている。その控えめな仕草が、いかにも彼女らしかった。
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