Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜

 ***

 大勢の拍手に包まれながら、想乃はピアノから離れた。

 恥じらいの気持ちから身を縮め、早足で慧弥のもとに帰っていく。

 慧弥は優しく微笑んでいた。表情から喜んでいるのが伝わり、想乃はほっと胸を撫で下ろす。

「素晴らしい演奏だったね。思わず感動して泣いてしまったよ」

 慧弥が眉を寄せ、おどけたふうに首を傾げる。言われてみれば、確かに目が赤い。胸の奥がきゅんと疼き、じわりと達成感が広がった。

「喜んでもらえてよかったです」

 そう言って控えめに笑いかけた瞬間、グイッと手を引かれた。鼻先が慧弥の胸元へ触れ、顔全体が熱くなる。

「父のための選曲なのはわかってるけど。俺も嬉しかった」

「ありがとう、想乃」と続け、彼にふわりと抱きしめられた。

「まったくもう」と誰かが呟いた。「全く」、「見せつけてくれるよなぁ」という声も聞こえた。笑い声であったり、拍手の延長であったり。様々な音が飛び交っていた。

 大観衆の前で抱擁をしたのだから、当然だ。

「いやはや、大変微笑ましいですね」

 司会の晴彦が微笑みながらマイクを通して声を響かせた。

 プログラムは次のものへ移り変わり、感謝状や花束、プレゼントの贈呈が行われた。黎奈が還暦にちなんで、鮮やかな赤色の胡蝶蘭を贈った。
< 255 / 480 >

この作品をシェア

pagetop