Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 館内は広々としており、落ち着いた温かみのある照明が白い壁を柔らかく照らしている。

「……すごいですね、ここ」
「うん。せっかくだから、ゆっくり楽しめる席にしたんだ」

 そう言って、慧弥は受付を通り、ホール内の階段を上がる。
 通常の観客席よりもさらに上、扉の向こうにはボックスシートが用意されていた。

 スタッフに案内され、想乃は思わず息をのんだ。

 広々としたソファのような座席。目の前には、オーケストラ全体を見渡せる贅沢な眺めが広がっている。

 周囲には他の観客の姿がなく、まるで二人だけの特等席のようだった。

 学生のころ、コンサートホールには何度か足を運んだことがある。

 けれど、こんな席に座るのは初めてだ。ましてや、プロのオーケストラを生で聴くのも。

 今朝、自分が下腹の鈍痛を訴えたから、少しでも楽なようにと慧弥が手配してくれたのだろう。

「座ろうか」

 慧弥に促され、想乃はゆっくりと腰を下ろす。隣には、同じように席についた慧弥の姿。

 次第に客席が静まり、場内の照明がゆっくりと落ちていく。

 ざわめきが消え、暗がりの中、楽器の微かな調整音が響いた。

 やがて、ステージに指揮者が現れる。
 会場全体が静寂に包まれる中、指揮棒がゆっくりと上がり——

 次の瞬間。

空間を満たすように、最初の音が流れ出した。
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