Deception〜私たちの恋の裏にはそれぞれの思惑が渦巻いている〜
 その言葉にどう返すべきか、一瞬迷う。黎奈の言葉には棘があったが、表面上はあくまで“姉としての忠告”のようにも聞こえた。

 慧弥は相変わらず何も言い返さない。まるで、この場での自分の立場を理解しているかのように。

 しかし、ふと思い出したように、慧弥がぽつりと呟いた。

「……そういう姉さんだって、授かり婚……」

 途端に、晴彦がビクッと肩をすくめる。まるで、触れられたくない過去に踏み込まれたかのように。

 晴彦の視線が慧弥を見た。「慧弥くん、余計なことを言わないで」と、その目が物語っている。

 だが、黎奈はそんな夫の動揺などまるで意に介さず、さらりと言い返した。

「そうよ? だから言うんじゃない?」

 彼女の余裕のある表情を見ながら、想乃は苦笑を浮かべた。

 何を言ったところで、返ってくるのは文句なので、慧弥は口を噤んだ。黙ったまま手元のスープをゆっくりとすくい、食事を続けた。

 *

 病室の窓から、柔らかな午後の陽射しが差し込んでいた。初夏の気配を感じさせる穏やかな光が、カーテン越しに淡い影を落とす。

 想乃は椅子に腰かけ、ピアノにそっと手を置いた。

 母はちょうど起きていて、(くら)い目で天井を見つめている。
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