男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 頼人さんが突然家を訪ねてきたのはあれから一週間後のことだった。インターフォン越しの頼人さんはカメラから距離を保ち視線をあちらの方に飛ばしながら「まあ、なんだ。飯でも行かないか」と言った。
 ここで拒否すると印象は悪くなるだろう。
 ルココちゃんにメッセージで頼人さんが来たこと、食事に誘われてこれから出かけることを送り、下に降りて車に乗った。車の後部座席で二人きり、話すとバレてしまいそうなので寡黙な男を装い、どっしりと構えてる振りをして窓の外を眺める。
 頼人さんも無言なので助かったが、なぜ呼ばれたのか分からない。ルココちゃんからも返信はないし、下手しないように気をつけなければならない。

「ついたぞ」

 車を降り、お店の中に入ると個室に案内された。二人にしては広すぎる個室で寡黙な二人のおかげか、豪華な個室はお通夜会場と化していた。
 方や大事な妹を取られたとライバル心を燃やす溺愛兄。方やお金のために男性と偽る金なき女。会話が弾むわけがない。

「まあ、あれだ。遠慮せず好きなの頼んでたっぷり食え」

 頼人さんは目も合わせずそう言って店員を呼んだ。
 私は声を出すとバレそうなので適当に指さしで頼む。
 バレたら即死亡の究極サバイバルゲームをしている気分に陥りながら箸を進める。
 それにしてもここの料理……美味しい。
 自分の立場も忘れて笑みが溢れる。

「美味いか?」
「はい」

 口いっぱいに頬張って返事する。
 まずい。いつもはルココちゃんと頼人さんの邪魔にならないようにと心がけ、気配を消して我慢していたのに気持ちが緩んでしまった。
 口元に手を持っていき、すみませんの意味を込めて首を軽く上下に振る。

「気にするな。食え」

 今日は、いいのか。好きなように食べて。
 ほっとして笑顔になる。

「ルココから君の話をよく聞いてる。人見知りで寡黙だが、兄弟想いでとても優しい人だといつも褒めてる」

 ルココちゃんとは兄弟の話もする。それを少し話してくれているのかもしれない。ただ、本当の私は寡黙ではないし、人見知りでもない。今は状況が状況なので寡黙になるしかない。いくら声を低くしても長時間話をすれば女とバレかねない。リスクは最小限に抑えなければならない。騙していることに少し罪悪感を覚える。

「別に将来を約束するわけじゃないが、俺は君たちに少し時間を与えてもいいと思っている」

 ハッと目を見開いて頼人さんを見る。冗談を言ったり、嘘をついたいしているわけではなさそうだ。このまま味方になってもらえないかもしれないと思っていたが、ルココちゃんを救ったことで状況が変わったのかもしれない。
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