男装して婚約者を演じていたらお兄様に目をつけられてしまいました
 ああ、タイミングが悪かったのかな。
 他の生徒の世話をしつつ、世奈ちゃんの方に視線を向ける。
 お、おかしいなぁ。前回と同じく一人浮いているのに何もなかったかのように調理に集中している。
 焦らせすぎたか? もしかして我慢できない子なのか。
 仕方ないな。王子は、白馬に乗ってお姫様のところに駆けつけるものだしね。
 一人で黙々と調理を進める世奈ちゃんの隣で立ち止まり、優しく声をかける。

「困ったことはありますか?」

 世奈ちゃんは、手を止めることなく僕の方に顔を向けた。黒い影と共に。

「問題ない。ここは気にせず他を回れ」

 んっと、なぜ君が答えるのかな、芹沢頼人。
 世奈ちゃんも不思議に思っているのか、僕の方に向けていた顔を彼の方に向けた。するとなぜか白髪の男が僕に話かけてきた。

「ご説明がとても丁寧でお上手でしたのでわたくしどもは問題もなく順調に進んでおります。ですから、他に困られている方々に寄り添ってください、と頼人様は仰っております」
「は? 俺は別にーー」

 白髪の男は、すかさず頼人の口にカプリチョーザ用のトマトを押し付けた。

「このトマト新鮮ですし、素材へのこだわりも感じられますね。ほら、頼人様もお分かりになりますでしょう」

 流石、分かってるじゃないか。美味しい料理は素材から。もちろん、この料理教室で扱う食材も一流だ。

「受講料を考えればこのくらい当たり前だろう」

 頼人は、トマトを一口齧りながらそう言って、僕から世奈ちゃんを一歩退かせ、僕との間で立ち止まった。

「まだ何かあるのか?」

 世奈ちゃんは、ルココちゃんの友達の可能性もあったが、頼人の目。そういうことか。それはそれで面白いじゃないか。

「順調に進んでいるなら何よりです」

 そう言いながら、僕は体を傾けて世奈ちゃんと目を合わせる。

「困ったことがあったらいつでも僕を呼んでくださいね」

 頼人が、視線を遮ったため、彼女の反応を見ることができなかったが、奴の反応だけで十分だ。
 それにしてもそんなにいい女なのか、世奈ちゃんは。見た目は綺麗な男と言われても納得してしまうほどの男顔に、所作も少しガサツさがあり、育ちの良さは垣間見れない。一人でも誰に頼ることなく、テキパキこなしているし、愛想すら見せないので、可愛げがない。大抵の男は、こういう子に興味を持たない。正直彼女が、ここに一人で参加していたら、僕すら相手にしなかった部類の女性だ。
 それなのに、恵まれすぎと言わざるを得ない頼人が、世奈ちゃんを僕から遠ざける理由とは。
 人が握りしめて離さないものは、手に入れたくてたまらなくなる。
 久しぶりに本気になっちゃおうかな。
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