〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 相変わらず男は伶に拳銃を向けている。彼は物珍しげに伶に近付いた。拳銃の銃口の距離がさらに伶に近くなる。

『俺も殺すんですか?』
『さぁな。それはお前次第だ』
『お兄さんのことは誰にも言いません。警察に聞かれても、絶対に言いません』

 お兄さんと言われて男の片目が細くなった。どう見ても男はまだ若い。父と歳が離れている継母の京香よりも若そうだ。

だから無意識にそう呼んでしまったことは失敗だったのかもしれないと、後になって思っても遅かった。
伶と男の距離が30センチ程度になる。長身の男は腰を屈めて、伶と目線を合わせた。

『お前、伶って名前だろ?』
『どうして俺の名前……』
『対象者の身辺はそれなりに調べてある』

男は拳銃を下ろした。伶は、そこに転がる肉の塊に成り果てた二つの死体を指差した。

『どうしてあの人達を殺したんですか?』
『それが俺の仕事だから』

 男は玄関に引き返して、革靴を持って再びリビングに現れた。これまでも何度か入っているような勝手知ったる態度でキッチンに入り、勝手口の鍵を開ける。
伶は彼の後ろを間を空けてついていく。

 勝手口の前で靴を履いた男は、もう一度懐から取り出した拳銃の銃口を伶の額につけた。

『俺がいなくなって30分したら警察に電話しろ。番号は110番、わかるか?』
『はい』
『警察に色々聞かれるだろうが、トイレに起きたら親が死んでいた……とでも言っておけ。後は寝ていて知らないとか、お前頭良さそうだし、上手く言えよ。もしも俺のことを警察に話した時はお前じゃなく、妹の命をもらう。いいな?』

 伶は唇を噛んで頷いた。妹の舞のことも男は知っている。舞を守るためにも、絶対にこの男のことは警察には話さない。

『あの人達を殺してくれて、ありがとうございました』

 男の背中に向けて伶はお辞儀をした。勝手口から外に出た男は、雨に打たれた顔を歪ませて笑った。

『やっぱり変なガキだな』
『だって、もしかしたら俺があの二人を殺していたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます』
『……そうか。……じゃあな。伶』

 春雷の中、男の姿は暗闇に紛れて消え去った。



第一部 ―END―
→第二部に続く
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