〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
厳格な両親の元で育った美夜にとって、同じ蕨市内で暮らす祖父母の存在は何よりの心の癒しだった。
美夜の父親の両親とは思えないほど祖父母はおっとりとした性格をしていて、孫の美夜にいつも優しかった。
美夜は祖父母が大好きだった。だから美夜が中学二年生の時に祖母が病死した時は、美夜は涙が枯れるまで泣き続けていた。
最愛の妻を亡くした祖父はすっかり気落ちして、しばらくは外出もせずに家に引きこもっていた。そんな祖父を心配していた美夜は塾のない平日の夕方や、休日になると祖父の家を訪れて将棋の相手や話相手をしていた。
祖父と将棋を指している時間だけは、美夜はなにものからも解放された。厳格な両親からも、ワガママな佳苗からも、学校からも、勉強からも、美夜を取り巻く煩《わずら》わしいものすべてから、彼女は解放されていた。
美夜の心に悪魔が住み着いたのは高校二年生の12月。いや、本当はもっと以前から彼女の心には悪魔が潜んでいた。
その悪魔が顔を覗かせたのが、あの悪夢の夕暮れの日だった。
その日は美夜の高校は期末試験の最終日で早く学校が終わった。川口市内の進学校に通う美夜は、高校の最寄り駅のJR川口駅から電車に乗り、二駅目の蕨《わらび》駅で降りた。
北風の寒い午後。彼女はマフラーに顔を埋めて、駅前に停めた自転車で家路を辿る。
まだ16時前、今日は塾もない。久しぶりに祖父の家に寄ることにした美夜は、自転車の方向を自宅から祖父の家に変えた。
祖父の家は蕨市のちょうど真ん中の辺りにある。だんだんと染まっていく茜色の空が美夜の頭上に広がっていた。
瓦屋根の平屋の前で美夜は自転車を停めた。玄関先には祖父の趣味の盆栽が並んでいる。またひとつ増えたかなと美夜は笑って、合鍵で家の鍵を開けた。
「お祖父ちゃーん。美夜だよ」
今日、美夜がここを訪れたのは突然の思いつき。いつもは連絡をしてから訪問するが、祖父と孫の間柄では突然の訪問も許される。
「お祖父ちゃん?」
祖父の愛車は隣のガレージにあり、彼の自転車もあった。在宅していることは明らかだ。しかし、いつも祖父のいる居間に祖父の姿が見えない。
どこかに散歩にでも行っているのだろうか。しばらくここにいて帰りを待とうとした美夜の耳に、物音が聞こえた。物音は建物の奥から聞こえてくる。
板張りの廊下は歩くと軋む。なるべく音を立てないようにして、美夜は長い廊下を進んだ。廊下の窓からは西日が差し込み、壁に美夜の影を作る。
そこは祖父の寝室。祖母が存命だった頃は夫婦の寝室だった部屋だ。
襖《ふすま》で閉じられた部屋から音は聞こえる。わずかな躊躇《ためら》いと、祖父に何かあったのではないかとの不安がない交ぜになり、美夜は恐る恐る襖を開けた。
部屋の光景に美夜は愕然とする。何が起きているのか、正しく理解をするのは難しかった。
美夜の父親の両親とは思えないほど祖父母はおっとりとした性格をしていて、孫の美夜にいつも優しかった。
美夜は祖父母が大好きだった。だから美夜が中学二年生の時に祖母が病死した時は、美夜は涙が枯れるまで泣き続けていた。
最愛の妻を亡くした祖父はすっかり気落ちして、しばらくは外出もせずに家に引きこもっていた。そんな祖父を心配していた美夜は塾のない平日の夕方や、休日になると祖父の家を訪れて将棋の相手や話相手をしていた。
祖父と将棋を指している時間だけは、美夜はなにものからも解放された。厳格な両親からも、ワガママな佳苗からも、学校からも、勉強からも、美夜を取り巻く煩《わずら》わしいものすべてから、彼女は解放されていた。
美夜の心に悪魔が住み着いたのは高校二年生の12月。いや、本当はもっと以前から彼女の心には悪魔が潜んでいた。
その悪魔が顔を覗かせたのが、あの悪夢の夕暮れの日だった。
その日は美夜の高校は期末試験の最終日で早く学校が終わった。川口市内の進学校に通う美夜は、高校の最寄り駅のJR川口駅から電車に乗り、二駅目の蕨《わらび》駅で降りた。
北風の寒い午後。彼女はマフラーに顔を埋めて、駅前に停めた自転車で家路を辿る。
まだ16時前、今日は塾もない。久しぶりに祖父の家に寄ることにした美夜は、自転車の方向を自宅から祖父の家に変えた。
祖父の家は蕨市のちょうど真ん中の辺りにある。だんだんと染まっていく茜色の空が美夜の頭上に広がっていた。
瓦屋根の平屋の前で美夜は自転車を停めた。玄関先には祖父の趣味の盆栽が並んでいる。またひとつ増えたかなと美夜は笑って、合鍵で家の鍵を開けた。
「お祖父ちゃーん。美夜だよ」
今日、美夜がここを訪れたのは突然の思いつき。いつもは連絡をしてから訪問するが、祖父と孫の間柄では突然の訪問も許される。
「お祖父ちゃん?」
祖父の愛車は隣のガレージにあり、彼の自転車もあった。在宅していることは明らかだ。しかし、いつも祖父のいる居間に祖父の姿が見えない。
どこかに散歩にでも行っているのだろうか。しばらくここにいて帰りを待とうとした美夜の耳に、物音が聞こえた。物音は建物の奥から聞こえてくる。
板張りの廊下は歩くと軋む。なるべく音を立てないようにして、美夜は長い廊下を進んだ。廊下の窓からは西日が差し込み、壁に美夜の影を作る。
そこは祖父の寝室。祖母が存命だった頃は夫婦の寝室だった部屋だ。
襖《ふすま》で閉じられた部屋から音は聞こえる。わずかな躊躇《ためら》いと、祖父に何かあったのではないかとの不安がない交ぜになり、美夜は恐る恐る襖を開けた。
部屋の光景に美夜は愕然とする。何が起きているのか、正しく理解をするのは難しかった。