〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
──異臭が充満する部屋に二人の人間が倒れていた。倒れているのは恰幅のいい男と細長い脚の女。
二人分の血液が白色のカーペットを赤く染めている。
『どうしてあの人達を殺したんですか?』
十歳の少年は親の死体を目にしても冷静だった。喜怒哀楽の感情が死んでいるような、暗い瞳をした小学生だ。
『それが俺の仕事だから』
小学生に理解できるとは思えない彼の仕事を、それでも少年は自分なりに解釈しようとしていた。
勝手口の前で靴を履いた彼は懐から取り出した拳銃の銃口を少年の額につけた。端正で幼い少年の顔立ちにかすかな怯えが宿る。
『俺がいなくなって30分したら警察に電話しろ。番号は110番、わかるか?』
『はい』
『警察に色々聞かれるだろうが、トイレに起きたら親が死んでいた……とでも言っておけ。後は寝ていて知らないとか、お前頭良さそうだし、上手く言えよ。もしも俺のことを警察に話した時はお前じゃなく、妹の命をもらう。いいな?』
少年は唇を噛んで頷いた。少年が誰より大切にしている妹は少年の弱点でもある。小学生にはこの程度の脅しで充分だ。
『あの人達を殺してくれてありがとうございました』
彼の背中に向けて少年はお辞儀をした。勝手口から外に出た彼は、雨に打たれた顔を歪ませて笑った。
『やっぱり変なガキだな』
『だって、もしかしたら俺があの二人を殺してたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます』
10年前の春雷《しゅんらい》の夜に少年に言われた言葉を彼は今もまだ覚えていた……。
*
4月14日(Sat)
家具とインテリアが黒でまとめられたシックな室内に朝の光が射し込んでいる。起き抜け一本目の煙草に火を灯した木崎愁は、レザーチェアに腰掛けた。
デスクトップのパソコンの横には読みかけの文庫本。鮮やかなレモンイエローの表紙は寝起きの目には眩しい。
本の続きを開く前に彼はパソコンを立ち上げた。秘書課の同僚から来週の会長と社長、他幹部数人の予定確認のメールが入っている。
夏木コーポレーション会長第一秘書の立場に就く愁は秘書課の統括も担っている。メールの内容にざっと目を遠し、即レスが必要なメールだけを処理して画面を閉じた。
愁の住まいは港区赤坂六丁目、氷川坂《ひかわざか》に面した六階建て高級マンションの最上階。木崎愁と夏木伶、伶の妹の舞はこのマンションに三人で暮らしている。
氷川坂の他に紀伊国坂《きのくにざか》、三分坂《さんぶざか》、転坂《ころびざか》など主だったもので十九箇所の坂がある赤坂は、文字通りの坂の街だ。
二人分の血液が白色のカーペットを赤く染めている。
『どうしてあの人達を殺したんですか?』
十歳の少年は親の死体を目にしても冷静だった。喜怒哀楽の感情が死んでいるような、暗い瞳をした小学生だ。
『それが俺の仕事だから』
小学生に理解できるとは思えない彼の仕事を、それでも少年は自分なりに解釈しようとしていた。
勝手口の前で靴を履いた彼は懐から取り出した拳銃の銃口を少年の額につけた。端正で幼い少年の顔立ちにかすかな怯えが宿る。
『俺がいなくなって30分したら警察に電話しろ。番号は110番、わかるか?』
『はい』
『警察に色々聞かれるだろうが、トイレに起きたら親が死んでいた……とでも言っておけ。後は寝ていて知らないとか、お前頭良さそうだし、上手く言えよ。もしも俺のことを警察に話した時はお前じゃなく、妹の命をもらう。いいな?』
少年は唇を噛んで頷いた。少年が誰より大切にしている妹は少年の弱点でもある。小学生にはこの程度の脅しで充分だ。
『あの人達を殺してくれてありがとうございました』
彼の背中に向けて少年はお辞儀をした。勝手口から外に出た彼は、雨に打たれた顔を歪ませて笑った。
『やっぱり変なガキだな』
『だって、もしかしたら俺があの二人を殺してたかもしれないから。俺の代わりに殺してくれてありがとうございます』
10年前の春雷《しゅんらい》の夜に少年に言われた言葉を彼は今もまだ覚えていた……。
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4月14日(Sat)
家具とインテリアが黒でまとめられたシックな室内に朝の光が射し込んでいる。起き抜け一本目の煙草に火を灯した木崎愁は、レザーチェアに腰掛けた。
デスクトップのパソコンの横には読みかけの文庫本。鮮やかなレモンイエローの表紙は寝起きの目には眩しい。
本の続きを開く前に彼はパソコンを立ち上げた。秘書課の同僚から来週の会長と社長、他幹部数人の予定確認のメールが入っている。
夏木コーポレーション会長第一秘書の立場に就く愁は秘書課の統括も担っている。メールの内容にざっと目を遠し、即レスが必要なメールだけを処理して画面を閉じた。
愁の住まいは港区赤坂六丁目、氷川坂《ひかわざか》に面した六階建て高級マンションの最上階。木崎愁と夏木伶、伶の妹の舞はこのマンションに三人で暮らしている。
氷川坂の他に紀伊国坂《きのくにざか》、三分坂《さんぶざか》、転坂《ころびざか》など主だったもので十九箇所の坂がある赤坂は、文字通りの坂の街だ。