〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 自分のデスクに戻った九条は、参考資料に取り寄せた切り裂きジャックに関する文献を漁り始めた。
切り裂きジャックを分析した古今東西の犯罪心理学の書物、小説、映画のDVDなど切り裂きジャックを扱ったありとあらゆる資料が九条のデスクに山積みになっている。

『本物の切り裂きジャックは売春婦を憎んでいたと言われてるよな。新聞社に成り済ましの手紙が届いた……って、昔のイギリスも今の日本と同じだ』

 文献によれば1888年9月27日に新聞社に切り裂きジャックの署名つきの手紙が届き、以降も切り裂きジャックを名乗る百通以上の手紙が新聞社に届いた。

多くが連続殺人犯に同調する者やマスコミの自作自演の手紙であったが、9月27日、10月1日、10月16日に届いた最初の三通だけは偽物とも本物とも判断できないとされた。

 ロンドンの切り裂きジャック事件は100年以上が経過しても迷宮の濃い霧は晴れないままだ。

 東京に現れた21世紀の切り裂きジャックもマスコミが勝手に名前を付け、SNS上で囃《はや》し立てている。切り裂きジャックの成り済ましによる威力業務妨害は後を絶たない。

手紙からインターネットに手段が変わっただけ。時代と国は違えど人の本質は同じだ。

「ネットでの成り済ましは多いけど、“本物”は一度も21世紀の切り裂きジャックを名乗っていないのよね。ネットの成り済ましはほとんどがイタズラや威力業務妨害の嫌がらせ」
『その名前はマスコミが名付けてネットの住人が好き好んで呼んでるようなものだからな。けど奴がイギリスの切り裂きジャックを模倣してるのは確かだ』
「本物は自分が21世紀の切り裂きジャックと名付けられたことをどう思ってるのかな」

 美夜も資料の山から本を一冊抜き取った。切り裂きジャックをモチーフにした推理小説のタイトルは[殺人衝動]、著者はベストセラー作家の間宮誠治。

美夜の記憶が確かなら、この大御所作家は10年以上前に殺人事件に巻き込まれて殺されている。

 間宮の推理小説は最初のページから惨《むご》たらしい殺人場面が事細かに描写されている。飛び散る血の匂いや質感、臓器の表現がやけにリアルで、こんなものを娯楽目的で読む人間の気が知れない。

 美夜はすぐに小説の世界を離脱した。閉じたページをもう一度開く気にはなれない。
現実はフィクションよりも残忍だと彼女は知っていたから。
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