〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 千尋が日常的に使用していたインスタグラムには、3月の投稿で日暮里南公園の桜の写真が載っていた。
彼女は天気の良い日はよくこの公園で昼休みを過ごしていたと派遣先の同僚が証言している。

 千尋のインスタグラムには恋人の城戸とのデートの写真、友達と流行りのカフェで食べたケーキ、購入した化粧品や洋服の写真を可愛らしく加工した画像の投稿で埋め尽くされていた。

彼氏の二股、借金の嘘、奨学金の返済、未来の見えない派遣業務、デリヘルの副業、未婚の妊娠、千尋が抱える様々な問題は彼女のインスタグラムの世界には存在しない。

「インスタだけを見れば、千尋は人生充実していたように見えた。インスタにデリヘルのことは一切書いてなかったよね」
『ネットではリア充に見せたかったんだろうな。妊娠した身体でデリヘルの仕事こなすのは相当キツかったと思う』
「自分を商品にするのも楽じゃないね」

 初瀬明日美にはホストクラブ遊びにハマった時に作った多額の借金があった。
ホストクラブと同系列のデリヘル店で返済額を稼ぎ終えるまでは、明日美は風俗業から解放されない。

逆に都内実家暮らしの大学生の前田絵茉は、自ら好んで風俗業界に身を投じていた。絵茉にとってデリヘルは小遣い稼ぎの感覚だったようだ。

千尋は月七万の家賃に加えて奨学金の返済と恋人の借金、正社員の職を失い派遣とデリヘルの収入で食い繋いでいた。

 女は最後は身体を売ればいいと男は平然と吐き捨てる。
風俗嬢にも売れる容姿と高いコミュニケーション能力が必要となり、不特定多数の男に身体を差し出す覚悟は並大抵のものではない。
女が風俗を好んでしていると思い込む思想が、そもそもの偏見かもしれない。

 突如、美夜は視線を上げた。学校の方向に彼女は顔を向ける。

『どうした?』
「今……誰かに見られているような視線を感じた」

今年の役目を終えた桜の木の向こうに学校の四角い窓が整列する。学校の構造はだいたいどこも似たり寄ったりで、北側の端の校舎には専門分野の特別教室が配置される傾向がある。

「絵茉が卒業した年は2016年だよね。2年前なら当時の担任がいるかも」
『絵茉の人となりは散々聞き回ったぞ。お世辞にもイイコとは言えない人間だったって。担任に話聞いても当たり障りのない答えが帰ってくるだけだ』

 学校の訪問に九条は乗り気ではない。当時の担任と面会しても、絵茉の殺害に関する有力な証言が得られるとは思えない。

それでも美夜はまだ校舎の窓を気にしていた。先ほどの視線がどこの窓から注がれたものかはわからない。
けれどぞっとする嫌な視線だった。こちらの価値を値踏みされているような、気持ちの悪い感覚。
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