〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
 ノックの音を合図に二人は立ち上がった。毛玉のついた紺色のトレーナーにスラックス姿の男が美夜と九条に会釈する。

『前田絵茉さんの担任をしていた陣内です。生物を担当しています』

小声でボソボソと話す陣内教諭は見た目から陰気な印象を与えるが、美夜達への態度は教頭に比べれば穏やかだった。

『お通夜で前田さんのご両親とお会いしたんですよ。教え子が亡くなるのは初めてのことで、しばらくは食事が喉を通りませんでした』

 メンタルに影響を受けなくても常に食が細そうな男だ。陳内の年齢は三十代半ば、脂肪のない手首や線の細い身体は中年太りとは無縁に見える。

「陣内先生から見て絵茉さんはどのような生徒でした?」
『どのようなと言われても難しいですね。もう少し具体的な質問をしていただけますか』
「失礼しました。成績優秀な生徒でしたか?」
『成績はどの科目も中の下辺りでしたね。追試や補習授業の常連でした。なんとか大学に受かってくれて安堵しましたよ』

 絵茉が在学していた大学はFランクの三流私立。ランクがどこだろうと卒業すれば経歴は大卒となるため、Fランクにはとりあえず大学に入りたい人間が集まる。

「素行の面では?」
『特に目立った素行の悪さはありません。普通の子です。あとは……前田さんはあそこまで派手な子ではなかったんです。ニュースで大学生になった前田さんの写真が流れた時は、同一人物かと疑いました』

 陣内が持参した卒業アルバムに写る前田絵茉は黒髪に素っぴんだった。解剖写真で絵茉の素顔は見ているが、化粧をしていない絵茉の顔には華やかさがない。

卒業アルバムには三年生のクラス写真も掲載される。絵茉のクラスの文化祭や体育祭のページを見ていた九条が口を開いた。

『絵茉さんの交遊関係を調べていた時に大学以前の交遊関係が極端に少なかったんです。絵茉さんは学校内に友達はいたんでしょうか?』
『生徒の交遊関係には干渉しないので……ただクラスでも浮いた存在ではありましたね。目立つグループの子達と一緒にいるところはよく見かけましたけれど、その子達と特別親しくもなさそうでした』

 陣内が指差した目立つグループとは、体育祭と文化祭の集合写真の中央を陣取る女子集団だ。女子集団から一歩引いた場所に絵茉の姿があった。

どちらの写真でも変顔や笑顔で写る派手な女子生徒達の側で、絵茉は控えめにピースサインをしている。
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