〜Midnight Eden〜 episode1.【春雷】
あの家族の中で萌子だけが満足そうに笑っている。残酷な微笑で父と兄を励ます少女のモノクロ映像が、美夜達の脳裏に焼き付いていた。
『本当に悲しんでいるのは、くたびれた父親だけに見えたな』
「九条くんもそう見えた?」
『息子の場合は義理の母親よりもマッチングで付き合っていた人妻が死んだショックだろ。それと娘の萌子は……』
「義理の母親の死を喜んでいる」
『神田と意見が合うのも珍しいな』
一向に止む気配のない雨に打たれた月曜日の街は、雨の音以外何も聴こえない。住宅街も学校も児童公園も、人の気配さえしない。
『本の話は引っかけ?』
「話の意図に萌子は気付いていなかったけどね。萌子が陣内から梶井基次郎の小説を借りていたのなら、梶井の小説についていた陣内以外の指紋は萌子の指紋で間違いない」
陣内の部屋と彼が所持する一部の書物のページから、陣内以外の人間の真新しい指紋が検出された。
自宅を訪ねるほど親しい友人や恋人のいない陣内の部屋に残された指紋の持ち主は、陣内が所有する梶井基次郎の短編集【檸檬《れもん》】にも触れている。
陣内と萌子が頻繁に本の貸し借りをしていたとすれば、小説に萌子の指紋が付着していてもおかしくはない。そしてその指紋は陣内の部屋から検出された指紋と一致する。
「それだけでは萌子が陣内の家を訪問した事実にしかならない」
『陣内と萌子が教師と生徒以上の関係だったのかも、二人が話さない限りは探りようがないな』
「陣内も萌子も真相を吐かないでしょうね。陣内が本当に殺人衝動に取り付かれたサイコパスなら、家に招いた時点で萌子も殺してる」
デリヘル嬢連続殺人事件の捜査はここまで。最後の犯行は防げなかったが、21世紀の切り裂きジャックは逮捕した。
陣内は素直に罪を認めている。殺人の物証もある。
ここから先は警察の手を離れ、陣内には正当な法の裁きが下るだろう。刑事の美夜達ができることはもうない。
『本当のサイコパスは萌子かもしれない。萌子を見ていて寒気がしたんだ。継母が死んだ後に、あんな風に落ち着いて話せるものか? しかも殺したのは自分が通う学校の教師だぞ?』
「また意見が合ったね。でも残念だけど、殺人をしていない萌子を私達がどうすることもできない。陣内と萌子の間にどんなやりとりがあったにしろ、表面上はあの子は罪を犯していないもの」
事件を解決した気分になれないのは少女の残酷な微笑のせい。萌子のあの顔は、物事が自分の思い通りに運んで満足した子どもの笑顔だ。
『本当に悲しんでいるのは、くたびれた父親だけに見えたな』
「九条くんもそう見えた?」
『息子の場合は義理の母親よりもマッチングで付き合っていた人妻が死んだショックだろ。それと娘の萌子は……』
「義理の母親の死を喜んでいる」
『神田と意見が合うのも珍しいな』
一向に止む気配のない雨に打たれた月曜日の街は、雨の音以外何も聴こえない。住宅街も学校も児童公園も、人の気配さえしない。
『本の話は引っかけ?』
「話の意図に萌子は気付いていなかったけどね。萌子が陣内から梶井基次郎の小説を借りていたのなら、梶井の小説についていた陣内以外の指紋は萌子の指紋で間違いない」
陣内の部屋と彼が所持する一部の書物のページから、陣内以外の人間の真新しい指紋が検出された。
自宅を訪ねるほど親しい友人や恋人のいない陣内の部屋に残された指紋の持ち主は、陣内が所有する梶井基次郎の短編集【檸檬《れもん》】にも触れている。
陣内と萌子が頻繁に本の貸し借りをしていたとすれば、小説に萌子の指紋が付着していてもおかしくはない。そしてその指紋は陣内の部屋から検出された指紋と一致する。
「それだけでは萌子が陣内の家を訪問した事実にしかならない」
『陣内と萌子が教師と生徒以上の関係だったのかも、二人が話さない限りは探りようがないな』
「陣内も萌子も真相を吐かないでしょうね。陣内が本当に殺人衝動に取り付かれたサイコパスなら、家に招いた時点で萌子も殺してる」
デリヘル嬢連続殺人事件の捜査はここまで。最後の犯行は防げなかったが、21世紀の切り裂きジャックは逮捕した。
陣内は素直に罪を認めている。殺人の物証もある。
ここから先は警察の手を離れ、陣内には正当な法の裁きが下るだろう。刑事の美夜達ができることはもうない。
『本当のサイコパスは萌子かもしれない。萌子を見ていて寒気がしたんだ。継母が死んだ後に、あんな風に落ち着いて話せるものか? しかも殺したのは自分が通う学校の教師だぞ?』
「また意見が合ったね。でも残念だけど、殺人をしていない萌子を私達がどうすることもできない。陣内と萌子の間にどんなやりとりがあったにしろ、表面上はあの子は罪を犯していないもの」
事件を解決した気分になれないのは少女の残酷な微笑のせい。萌子のあの顔は、物事が自分の思い通りに運んで満足した子どもの笑顔だ。