レンアイゴッコ(仮)
「(……………………琥珀?????)」


エスプレッソマシンからドリップ完了の音が聞こえた。けれども、視線は苑田さんへの引力に勝てなかった。

激しく動揺しているのがわかる。東雲は堅い無表情を崩さない。

「じゃなくて、東雲さんちょっといいですか?」

「嫌です」

「(琥珀って言った?今、名前呼びしたよね?何で?)」

目が点になるとはこのことか、私の脳内はまばたきのあいだに率直な疑問で埋め尽くされた。

「その釣れない感じ、現役なのね。大学の同窓会も全然出ないし、連絡も返さないし、生きてるのかって話してたよ」

「そー。生存確認出来て良かったな」

「みんなに共有する。ところで発注先の件で質問なんだけどさ……」

「(同じ大学なの?初耳なんだけど、ていうか何も言わなかったよね?普通にしてたよね?そうだったよね?)」

「妃立、顔が怖いわよ」

悶々と考えていると、コーヒーを注ぎに来たらしい坂下先輩に指摘されてしまった。表情筋を柔らかくさせて、コーヒーのカップを手にした。

「そ、そんなことないですよ!……っ熱っ!」

しかし慌てすぎたせいか指にコーヒーが零れてしまった。指先がじんわりと痺れる。

「やだ、何してんの!?」

坂下先輩の声とほぼ同時に手を取られた。

冷たいその体温を私は知っている。

「平気?」

無機質故に透明感が際立つその瞳が揺れている。

「……ぃき」

「私、氷貰ってきますね」

「だ、大丈夫!勝手に……」

苑田さんは私の答えを聞かずに休憩室を出てしまった。
< 155 / 251 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop