レンアイゴッコ(仮)
「あー……そういえば、私も、クライアントに確認の電話しなきゃだったんだ〜」
苑田さんがいなくなると、坂下先輩まで棒読みの言葉を残して休憩室を出ていってしまった。
本気で心配してくれている苑田さんと違い、坂下先輩は変に気を使ってくれたのだろう。
東雲は私に肩を寄せると、コーヒーの掛かった指先をゆるりと撫でた。
「赤くなってる」
申し訳なさそうに謝り、指の先端で私の指を掬う。
私が勝手に作ると言って、私の不注意でお湯を零しただけなのに。
──大丈夫だよ?
繋げようとした言葉をやめ、別の言葉を紡いだ。
「……知り合いなんだ」
主語は使用しなかった。
「苑田は同じ大学で、一時期バイトが同じだっただけ」
けれども、東雲には伝わったらしい。
東雲の大学時代の話を聞くのが初めてなので、バイトしていたことももちろん初耳だ。
許容範囲が狭くなっている。
過去があるのは当たり前で、幾らたどっても、東雲との思い出は入社した時のそれが一番古い。けれど、あの人はそれ以上を知っているのだ。
「ふうん……」
きゅっと唇を尖らせて、埋まらない溝にモヤモヤしていると「何、その反応」と、私の真上で東雲は難しい顔を浮かべた。
「大学の時の東雲、どんな感じだったのかなあって」
「入社式の時と変わんないよ」
「それって社会人じゃん。大学生じゃないじゃん」
「そうは言っても、見た目は今とまじで変わらないから全然面白くねえよ」
それよりも、私の指の方が心配らしい東雲は私の本意をもちろん知らない。