【おまけ追加】塩対応の汐宮先生は新人医局秘書にだけ甘くとける
永真の過去
 俺のマンションは大学病院まで車で10分の距離にある。脳外科という緊急オペの多い科の特色を考慮すると、ギリギリ許される距離と判断し選んだ場所だ。

 ファミリータイプの低層マンションの最上階を、ワンフロア購入した。
 幸い周辺には高層ビルやマンションはなく、東西南北と遮るものがない。日当たりの良さがこの部屋の特徴だ。
 日中はほぼ病院で、オペ室にいる間は日差しと無縁だ。その反動から選んだこの部屋は俺の癒しだった。

 この部屋に母親以外の女が入ったのはこれで3度目。叶恋がこの部屋に入ったのも3度目。
 つまり、ここに来たことがある女は叶恋だけだった。

 さすがに3度目ともなれば、勝手知ったるで部屋の中を自由に動き回るのかと思いきや、案内された場所から動かない。必要最低限の場所しか動かないのが叶恋だった。
 今もリビングのソファーから一歩も動こうとしない。礼儀正しい『お客さん』だ。

 他人の家でのマナーがなっていると言えばそうなのだが、もっと自由に動き回っていいのにと思う自分がいる。

 始まりが行きずりのワンナイトで、その後は偽恋人という関係を押し付けた俺が、そんなふうに思うのはあまりにも身勝手かもしれないが……。
 
 いつものように、この家のキッチンで唯一自慢できるコーヒーを淹れながら、食事どきだったことを思い出した。

「悪いな、コーヒーしかなくて。
腹減ってるんじゃないか?」

「いえ、先にお話を伺います。
いい香り……コーヒーいただきますね」

「ああ。……京香のことだ」

「今日のことは何も思っていませんよ?」

「だがお前は牽制だと気づいていただろう? 
それに、食事会の時も……」

「無理に話してくださる必要はないんです」

 叶恋は気遣うような言い方をした。
 それは俺と京香の間に何かあると感づいている証拠だった。

「いや、巻き込んでしまったのだから説明はするべきだと思う。だが聞きたくなければ――」

「聞きます。先生がお話ししてくださるなら」

「……ああ。京香と俺は誠仁館医科大学の同期だ。
旧姓が篠原京香。学籍番号が前後していたため、いつもグループが同じだった――」

 男兄弟で、中学高校と男子校で過ごしてきた俺は、女性への免疫が全くなかった。
 大学に入って初めてまともに喋った女性、それが京香だった。

 京香は、同学年の女子の中では一二を争う華やかな顔立ちで、いつも女性らしい服装と髪型をした女子だった。
 明るくてよく喋る彼女は、ヒエラルキーの頂点にいるタイプで、免疫のない俺にとっては最も苦手なタイプだった。

 しかし京香は裏表のない性格で、全く遠慮なく俺に話しかけてきて、あっという間に距離を縮めてきたのだ。
 俺は気づけば京香を好きになっていた。

 ところが、当時京香には彼氏がいた。高校時代から付き合っていた彼氏だ。だから俺は自分の気持ちを伝えるつもりはなかった。

 それでも、解剖実習のグループや実験のグループが常に一緒で、多くの時間を友人として共に過ごしていた。
< 81 / 182 >

この作品をシェア

pagetop