〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
一緒に寝たいと駄々をこねる舞に愁は根負けする。
『わかった。とにかくシャワー浴びさせてくれ』
「はぁーい! バスタオル用意しておくね」
舞は何も気付いていない。愁の身体からは硝煙の臭いがする。
人を撃ち殺した臭いだ。洗い流しても消えない犯罪の臭いが、愁を暗く澱《よど》んだ世界に閉じ込める。
ずっとこの臭いと共に生きてきた。
初めて人を殺したあの日から、愁は殺した屍の死臭を身体に纏っている。
愁の髪を、肩を、背中をシャワーの水流が勢いよく流れていく。洗っても消えない罪の臭いは日に日に濃く薫り、いつか愁が死ぬ時は彼の死体から彼以外の死臭が漂うだろう。
最期に殺す人間は決まっている。
その日が来るまであと何人、殺せばいい?
『殺したい人間がいる……か』
小声で独り言を呟いた彼は、バスルームを後にした。自室の扉を開いた愁の目に飛び込んできたのは盛り上がったベッド。
「愁さぁーん」
ベッドから手招きする舞を見て、半ば諦めの溜息を吐いた。こうなってしまっては舞と夜を明かす覚悟を決めなければならない。
伶が不在の時の舞のアプローチは普段よりも過激になる。
部屋の照明をベッドランプだけにして愁はベッドに横になった。愁の体にわざと胸を擦り付けるようにして舞が寝そべった。
愁は男に媚びる女が嫌いだ。相手が舞でなければ、精子を出すだけの穴として利用して捨てればいいが、舞にはそうはいかない。
カラーリングを施した薄茶色の舞の髪に愁の指が通る。髪質も相まって彼女の髪はふわふわと柔らかい。
『早く寝なさい』
「お休みのキスしてくれたら寝るっ」
とんだワガママ娘だ。父親の夏木も伶も、舞を甘やかし過ぎている。
それは自分も同じだと気付いた彼は苦笑するしかなく、苦く微笑んだ唇が舞の額に触れた。
『これでいい?』
「愁さんて、してほしいとこにしてくれないよね。キスもいつも舞からしてるぅ」
『舞には手を出さないって決めてる』
「それは舞からは手を出してもいいって意味だよね?」
愁の上に覆い被さった舞は、彼の唇に自分の唇を重ねた。愁は驚きもせず静かに目を閉じる。
少女の唇の柔らかさにも舌先の熱にも何も感じない、欲情が存在しない唾液と唾液の交換。
唇の角度を変えた時に舞が甘い声を漏らした。
『……お前、男いるよな?』
「愁さんしかいないよ。舞の好きな人は愁さんだもん。わかってるくせに」
嘘だ。男がいなければここまでのキスはできない。どこでキスを覚えた? 相手は誰だ?
肉感の重みは女と言うには頼りなく、少女にしては熟している。ワンピース型のパジャマを脱ぎ捨てた舞は下着姿を晒して愁に馬乗りになった。
「今日もエッチはなし?」
『なし。風邪引くから服着なさい』
「えー」
『電気切るぞ』
愁がベッドランプの照明を落とす間に、不貞腐れた舞は頭からパジャマのワンピースを被っていた。
舞の要求は日に日に増す。そろそろ対策を考えなければ、いずれは二人とも苦しくなる。
「舞がハタチになったらエッチしてくれる?」
『しない』
「愁さんがムラムラして抱きたくなるくらい、いい女になるもん」
たとえ舞が世間的ないい女の称号を手に入れたとしても、愁は舞を抱かない。
惚れてはいけない男に初恋を捧げたと舞は知らない。
知らないことが罪だとすれば、知ることもまた罪になる。
今夜も愁は、秘密を抱いて眠りに逃げた。いつか舞に嫌われるその日まで。
『わかった。とにかくシャワー浴びさせてくれ』
「はぁーい! バスタオル用意しておくね」
舞は何も気付いていない。愁の身体からは硝煙の臭いがする。
人を撃ち殺した臭いだ。洗い流しても消えない犯罪の臭いが、愁を暗く澱《よど》んだ世界に閉じ込める。
ずっとこの臭いと共に生きてきた。
初めて人を殺したあの日から、愁は殺した屍の死臭を身体に纏っている。
愁の髪を、肩を、背中をシャワーの水流が勢いよく流れていく。洗っても消えない罪の臭いは日に日に濃く薫り、いつか愁が死ぬ時は彼の死体から彼以外の死臭が漂うだろう。
最期に殺す人間は決まっている。
その日が来るまであと何人、殺せばいい?
『殺したい人間がいる……か』
小声で独り言を呟いた彼は、バスルームを後にした。自室の扉を開いた愁の目に飛び込んできたのは盛り上がったベッド。
「愁さぁーん」
ベッドから手招きする舞を見て、半ば諦めの溜息を吐いた。こうなってしまっては舞と夜を明かす覚悟を決めなければならない。
伶が不在の時の舞のアプローチは普段よりも過激になる。
部屋の照明をベッドランプだけにして愁はベッドに横になった。愁の体にわざと胸を擦り付けるようにして舞が寝そべった。
愁は男に媚びる女が嫌いだ。相手が舞でなければ、精子を出すだけの穴として利用して捨てればいいが、舞にはそうはいかない。
カラーリングを施した薄茶色の舞の髪に愁の指が通る。髪質も相まって彼女の髪はふわふわと柔らかい。
『早く寝なさい』
「お休みのキスしてくれたら寝るっ」
とんだワガママ娘だ。父親の夏木も伶も、舞を甘やかし過ぎている。
それは自分も同じだと気付いた彼は苦笑するしかなく、苦く微笑んだ唇が舞の額に触れた。
『これでいい?』
「愁さんて、してほしいとこにしてくれないよね。キスもいつも舞からしてるぅ」
『舞には手を出さないって決めてる』
「それは舞からは手を出してもいいって意味だよね?」
愁の上に覆い被さった舞は、彼の唇に自分の唇を重ねた。愁は驚きもせず静かに目を閉じる。
少女の唇の柔らかさにも舌先の熱にも何も感じない、欲情が存在しない唾液と唾液の交換。
唇の角度を変えた時に舞が甘い声を漏らした。
『……お前、男いるよな?』
「愁さんしかいないよ。舞の好きな人は愁さんだもん。わかってるくせに」
嘘だ。男がいなければここまでのキスはできない。どこでキスを覚えた? 相手は誰だ?
肉感の重みは女と言うには頼りなく、少女にしては熟している。ワンピース型のパジャマを脱ぎ捨てた舞は下着姿を晒して愁に馬乗りになった。
「今日もエッチはなし?」
『なし。風邪引くから服着なさい』
「えー」
『電気切るぞ』
愁がベッドランプの照明を落とす間に、不貞腐れた舞は頭からパジャマのワンピースを被っていた。
舞の要求は日に日に増す。そろそろ対策を考えなければ、いずれは二人とも苦しくなる。
「舞がハタチになったらエッチしてくれる?」
『しない』
「愁さんがムラムラして抱きたくなるくらい、いい女になるもん」
たとえ舞が世間的ないい女の称号を手に入れたとしても、愁は舞を抱かない。
惚れてはいけない男に初恋を捧げたと舞は知らない。
知らないことが罪だとすれば、知ることもまた罪になる。
今夜も愁は、秘密を抱いて眠りに逃げた。いつか舞に嫌われるその日まで。