〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
 大学生の朝は社会人や義務教育の学生に比べれば比較的のんびりしている。伶と愛佳はゆっくりと寝起きのシャワーを浴びていた。

『雨か……』
「この音はけっこう降ってるね」

シャワーを止めた時に聴こえたもうひとつの水音に二人は耳を澄ませる。湯船に浸かる愛佳の胸は伶の手のひらに包まれた。

『今日学校出るのめんどくさ』
「午後の講義は落とせないから私は行くけど、伶くんはサボる?」
『サボる。雨だと行く気なくす。嫌いなんだよ、雨』

 雨はいつかの嵐の夜を思い起こさせる。10年前の春雷の夜に伶は木崎愁と出会った。
彼があの時聴いた音は、雷か銃声か。忘却の彼方に棄《す》てた忌まわしい記憶は今も伶を苦しめていた。

 呪われた過去を思い出すと吐き気がする。今は何も考えたくなかった。
性を忘れるために性に逃げる。愛佳とキスを交わした彼はトントンと浴槽の縁を指差した。

『ここ座って。自分でしてるとこ俺に見せて』
「意地悪……」
『愛佳が自分で気持ちよくなってる可愛い顔が見たいんだよ』

従順な女は優しい男の言うとおりにした。壁に背をつけて浴槽の縁に座った愛佳は細い両脚を左右に開いて、伶にその部分を見せつける。

 昨夜遅くまで伶に弄ばれた愛佳のそこはまだ甘い夜の夢を引きずっていた。愛佳が指で少し触るだけでそこは簡単に蜜を溢れさせる。

外で降り続く雨の音、吐息に含まれた女の鳴き声に混ざる卑猥な声が反響するバスルームは秘め事の演奏会。

 恋人の自慰を眺める伶は終始無言だった。彼の冷たい瞳に見つめられると愛佳はいつも背中がゾクゾクとする。
伶は優しいのに冷たくて、美しい。冷酷な美の化身。

 物欲しそうな愛佳のそこに骨張った二本の指が差し込まれ、蜜の洪水に溺れた。

愛佳の気持ち良い場所を熟知している伶は巧みな指の動きと舌先で彼女を翻弄し、敏感な部分を狙い打ちされた愛佳は、低い声で唸るように喚いて絶頂に上り詰めた。

『今度は愛佳が可愛がってくれるよね?』

 絶頂の余韻も消えないまま愛佳は目の前に差し出された伶を握り、嬉しそうに美味しそうに、クチャクチャ、ヌチャヌチャ、口を広げて男を頬張った。

口の端からよだれを垂らして男の分身をしゃぶる愛佳の顔は、SNSに存在する綺麗に加工された彼女とは別人だ。これが女の本性だと伶はとっくに悟っている。

 どんな女も性に溺れた姿は汚い。

 愛佳の頭を撫でる伶の手つきはペット扱い。優しく撫でられていたかと思えば、頭を押さえつけられて喉の奥までそれを押し込まれる。
呼吸が辛くなっても、喉が苦しくても愛佳は伶に夢中だった。

 彼が冷たい瞳の奥で何を考えているか知らずに。伶に心から愛されていると、彼女は信じていた。
< 35 / 66 >

この作品をシェア

pagetop