〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
赤坂駅に到着して帰路を辿る美夜は赤坂二丁目と六丁目の狭間の傾斜道に入った。
緩やかな登り坂の途中には行き付けのイタリア料理店、mughetto《ムゲット》があるが、夕食はコンビニのパンで済ませてしまった。
それにラストオーダーが近い今から入っては、園美達の迷惑になる。
ムゲットが入るビルの前を通過しようとした時、ビルの地下から男が這い出てきた。
暗闇に浮かぶ男の横顔に見覚えがある。奇しくもまた雨の日。
前に会ったあの日も春の雨が降っていた。
「あの……! 4月の夜にムゲットで相席になった者です。覚えていますか?」
いつか会えると期待していた心が外に漏れた瞬間、男に声をかけていた。木崎愁は傘の隙間から美夜を数秒見つめ、表情を変えずに口を開いた。
『……多分』
二人ともそれ以上言葉が続かない。赤い傘の女と黒い傘の男は顔を見合わせたまま、沈黙していた。
先に動いたのは愁だ。
『酒飲める?』
「嗜《たしな》む程度には」
『今から付き合って』
アスファルトを打ち付ける雨に紛れて聞こえる彼の声が、不思議と心地いい。導かれるように先ほど歩いてきた傾斜道を今度は下り、先を歩く愁が赤坂氷川公園の交差点を右折した。
愁の足が止まった場所はデンタルクリニックやオフィスが入る七階建ての雑居ビル。ビルの看板には地下一階にBarの表示がある。
地下から現れた男はまた地下に潜っていく。美夜も彼の後を追って地下に続く階段を降りた。
誘われたバーはまるで洞窟だ。照明を暗く落とした店内のそこかしこに並ぶ赤色に色付くランプ、見た目や質感を岩に似せた壁と天井に囲まれている。
客は数名。独りで飲む女もいれば男の二人組もいる。カップルと思われる男女は人目も憚《はばか》らず顔を寄せて見つめ合っていた。
迷いのない歩みで愁は店内最奥のソファー席に腰を降ろした。美夜は彼と少し間隔を空けて、ソファーの端に自分の居場所を確保した。
この男が何を考えているのか全く読めない。
たった一度、相席になっただけの初対面に近い女をバーに誘う男の考えなどわかるわけがない。
でもそれなら美夜も、偶然相席になった男になぜ声をかけたのだろう。
緩やかな登り坂の途中には行き付けのイタリア料理店、mughetto《ムゲット》があるが、夕食はコンビニのパンで済ませてしまった。
それにラストオーダーが近い今から入っては、園美達の迷惑になる。
ムゲットが入るビルの前を通過しようとした時、ビルの地下から男が這い出てきた。
暗闇に浮かぶ男の横顔に見覚えがある。奇しくもまた雨の日。
前に会ったあの日も春の雨が降っていた。
「あの……! 4月の夜にムゲットで相席になった者です。覚えていますか?」
いつか会えると期待していた心が外に漏れた瞬間、男に声をかけていた。木崎愁は傘の隙間から美夜を数秒見つめ、表情を変えずに口を開いた。
『……多分』
二人ともそれ以上言葉が続かない。赤い傘の女と黒い傘の男は顔を見合わせたまま、沈黙していた。
先に動いたのは愁だ。
『酒飲める?』
「嗜《たしな》む程度には」
『今から付き合って』
アスファルトを打ち付ける雨に紛れて聞こえる彼の声が、不思議と心地いい。導かれるように先ほど歩いてきた傾斜道を今度は下り、先を歩く愁が赤坂氷川公園の交差点を右折した。
愁の足が止まった場所はデンタルクリニックやオフィスが入る七階建ての雑居ビル。ビルの看板には地下一階にBarの表示がある。
地下から現れた男はまた地下に潜っていく。美夜も彼の後を追って地下に続く階段を降りた。
誘われたバーはまるで洞窟だ。照明を暗く落とした店内のそこかしこに並ぶ赤色に色付くランプ、見た目や質感を岩に似せた壁と天井に囲まれている。
客は数名。独りで飲む女もいれば男の二人組もいる。カップルと思われる男女は人目も憚《はばか》らず顔を寄せて見つめ合っていた。
迷いのない歩みで愁は店内最奥のソファー席に腰を降ろした。美夜は彼と少し間隔を空けて、ソファーの端に自分の居場所を確保した。
この男が何を考えているのか全く読めない。
たった一度、相席になっただけの初対面に近い女をバーに誘う男の考えなどわかるわけがない。
でもそれなら美夜も、偶然相席になった男になぜ声をかけたのだろう。