〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
美夜との話を終えた時には、五限目終了まで残り30分だった。
今から授業を受けに戻るのは面倒だ。でも警察との話が終わったのに授業に出席しなかったら、担任や井口に説教される。
学校の人間が一斉に教室に押し込められている授業中の廊下は、昔から好きな空間だ。人気《ひとけ》のない廊下と階段をわざと歩調を遅くして進む彼女は、歩きながら、“ジョーカー”宛にメッセージを送った。
[刑事が学校に来ました。蛍のこと聞かれたよ。今日の実行は危なそうだから中止にするね。車用意してくれたのにごめんなさい]
今日の18時に獲物と渋谷駅で待ち合わせをしていたが、狩りの実行は諦めた。
獲物に約束のキャンセルの連絡をしてやる必要はない。トークアプリ内で相手をブロックすれば簡単に関係が切れる。
獲物はこちらの本名も携帯電話の番号もメールアドレスも知らない。約束をすっぽかされた怒りを光にぶつけたくても、連絡手段の退路を断たれた相手は存在しない幽霊である“ホタル”には辿り着けない。
授業途中に教室に入った光に注ぐ好奇と怪訝の視線が、煩《わずら》わしかった。
*
高校の正門を出た神田美夜を九条大河が待っていた。路肩に停車する車に戻った彼女は浮かない顔でシートベルトに手を伸ばす。
『西村光どうだった?』
「なんとも言えないグレーゾーン。高校生にしては冷めてる子」
『お前が言うなよ』
九条の的確な指摘に返す言葉もない。光を見ていて既視感を覚えたのは、抑揚のない口調や無愛想な顔つきが昔の自分と似ていると感じたからだ。
「蛍のインスタに残ってるフォロワーは光だったよ。非公開になってる蛍のインスタも見せてもらえた」
『やっぱりか。光は蛍のパパ活は知ってたのか?』
「知ってた。私が止めるべきだったって後悔してた風を装っていたけど……本当はどうなんだろうね」
『何か胡散臭い空気でも感じた?』
車窓から見える空は水気のない薄曇りの空。
日付が変わる頃に激しく降っていた雨も一晩中降り続いて気が済んだのか、今日の東京の降水確率は30%だった。
「蛍のパパ活を見て見ぬフリしていた後悔は本物だろうけど、パパ活そのものや、それをしていた蛍に対する嫌悪感や偏見は感じられなかった。友達がそういうことをしていたら、普通は距離を置きたいと思うものじゃない?」
『そうだな。俺も友達が未成年を買春していたら引くし、そいつの見方は変わる。友達だろうが即逮捕だ』
「教師達も蛍に良い感情は抱いていなかった。だけど光は距離を置くどころか、更新されない蛍のインスタを今でもフォローしてるくらい蛍に一途なの」
死人にインスタは使えないと口にした時の光の寂しげな表情が唯一、光が見せた素顔な気がする。光は今も蛍の亡霊が現れることを期待しているのだ。
『恋愛みたいな言い方だな。つまりは親友ってやつだろ?』
「そういう綺麗な気持ちならまだいい。あれは友情と言うより何か……もっとドロドロとした感情」
友情には時として嫉妬、独占欲、優越感、羨望、憎悪、軽蔑、様々な不純物が入り交じる。青春ドラマで描かれる爽やかな友情はリアルには存在しない。
今から授業を受けに戻るのは面倒だ。でも警察との話が終わったのに授業に出席しなかったら、担任や井口に説教される。
学校の人間が一斉に教室に押し込められている授業中の廊下は、昔から好きな空間だ。人気《ひとけ》のない廊下と階段をわざと歩調を遅くして進む彼女は、歩きながら、“ジョーカー”宛にメッセージを送った。
[刑事が学校に来ました。蛍のこと聞かれたよ。今日の実行は危なそうだから中止にするね。車用意してくれたのにごめんなさい]
今日の18時に獲物と渋谷駅で待ち合わせをしていたが、狩りの実行は諦めた。
獲物に約束のキャンセルの連絡をしてやる必要はない。トークアプリ内で相手をブロックすれば簡単に関係が切れる。
獲物はこちらの本名も携帯電話の番号もメールアドレスも知らない。約束をすっぽかされた怒りを光にぶつけたくても、連絡手段の退路を断たれた相手は存在しない幽霊である“ホタル”には辿り着けない。
授業途中に教室に入った光に注ぐ好奇と怪訝の視線が、煩《わずら》わしかった。
*
高校の正門を出た神田美夜を九条大河が待っていた。路肩に停車する車に戻った彼女は浮かない顔でシートベルトに手を伸ばす。
『西村光どうだった?』
「なんとも言えないグレーゾーン。高校生にしては冷めてる子」
『お前が言うなよ』
九条の的確な指摘に返す言葉もない。光を見ていて既視感を覚えたのは、抑揚のない口調や無愛想な顔つきが昔の自分と似ていると感じたからだ。
「蛍のインスタに残ってるフォロワーは光だったよ。非公開になってる蛍のインスタも見せてもらえた」
『やっぱりか。光は蛍のパパ活は知ってたのか?』
「知ってた。私が止めるべきだったって後悔してた風を装っていたけど……本当はどうなんだろうね」
『何か胡散臭い空気でも感じた?』
車窓から見える空は水気のない薄曇りの空。
日付が変わる頃に激しく降っていた雨も一晩中降り続いて気が済んだのか、今日の東京の降水確率は30%だった。
「蛍のパパ活を見て見ぬフリしていた後悔は本物だろうけど、パパ活そのものや、それをしていた蛍に対する嫌悪感や偏見は感じられなかった。友達がそういうことをしていたら、普通は距離を置きたいと思うものじゃない?」
『そうだな。俺も友達が未成年を買春していたら引くし、そいつの見方は変わる。友達だろうが即逮捕だ』
「教師達も蛍に良い感情は抱いていなかった。だけど光は距離を置くどころか、更新されない蛍のインスタを今でもフォローしてるくらい蛍に一途なの」
死人にインスタは使えないと口にした時の光の寂しげな表情が唯一、光が見せた素顔な気がする。光は今も蛍の亡霊が現れることを期待しているのだ。
『恋愛みたいな言い方だな。つまりは親友ってやつだろ?』
「そういう綺麗な気持ちならまだいい。あれは友情と言うより何か……もっとドロドロとした感情」
友情には時として嫉妬、独占欲、優越感、羨望、憎悪、軽蔑、様々な不純物が入り交じる。青春ドラマで描かれる爽やかな友情はリアルには存在しない。