〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
階段の頂上に横たわる潰れたリュックサックが光を待っている。刃の部分をタオルで巻いた包丁以外には何も入っていないリュックサックは、包丁を取り出すとさらにぺしゃんこに潰れた。
この包丁は川島家のキッチンにあった物。川島はこれで肉じゃがを作っていた。
娘の幽霊に食べさせた肉じゃがは味の薄い、美味とは言えない料理だった。
「愁さんのおかげでやっとあの男を殺せた」
この包丁で川島を殺した。蛍の父親だったのか、恋人だったのかわからない男を。
そもそも蛍は川島をどう思っていたのだろう。蛍から川島への感情の言葉を光は聞いたことがない。
義理の父と娘として過ごしてきた川島と蛍は、蛍の母親の死をきっかけに男と女の関係になった。
川島は妻の身代わりに蛍を抱き、蛍の身代わりに光を抱いた。
蛍は川島しか男を知らない。パパ活でも蛍は光とは違い性的接待をしなかった。だから本番行為を拒んで相手に殺されたのだ。
母親の身代わりに身体を捧げた蛍は義理の父親を男として愛していた? 川島は誰を愛していた?
「川島から愛してるって言われたんだ。意味がわからなかった。あいつは蛍の身代わりだった私を女として愛したの」
『馬鹿な男だ』
「うん。ほんと馬鹿。私を奪った男と私の大事な蛍を奪った男はどっちも刑務所にいる。刑務所に入られると迷惑だよ。檻に入ったらアイツらを殺せなくなっちゃう。刑務所は犯罪者にとっては安全な場所なんだ」
光の隣に並んだ愁は刃物が出現しても動じない。月光のない夜は一段と暗いのに、刃物の側を離れたタオルの血の赤は二人の瞳に鮮やかに映った。
「私を奪った男は殺せなかった。でも蛍を奪った男の身代わりを殺せたから満足してる。男は皆消えればいい。男は皆死んじゃえばいい」
手元に残った蛍のスマートフォンからインスタグラムの新規投稿画面を開く。写真を選択後に文章を打ち込んだ光は右上の投稿ボタンを押して、階段の頂上にリュックサックとスマホを並べて置いた。
「でも愁さんだけは死んじゃ嫌だよ」
『どうかな。明日には俺も死んでるかもしれない』
「じゃあ、その時はまた地獄で会おうね」
再び階段の中腹まで降りた光は自分の首に包丁を押し当てた。最期の瞬間を迎える前に彼女は愁を一瞥して口元を上げる。
「ね、どうして愁さんは“ジョーカー”って言うの? 最初に教えてくれた名前がそれだったよね」
『俺のアダ名みたいなもの』
「ふぅん。でも格好いい。愁さんにぴったりのアダ名」
喪失の笑顔はインスタグラムに閉じ込めた思い出と同じ。インスタを開けば蛍に会えた。
SNSの世界で生き続ける蛍にこれから光は会いに逝く。これからはずっと一緒だ。
「バイバイ。……愁さん」
月の見えない曇り空に赤い雨が降り注いだ。
この包丁は川島家のキッチンにあった物。川島はこれで肉じゃがを作っていた。
娘の幽霊に食べさせた肉じゃがは味の薄い、美味とは言えない料理だった。
「愁さんのおかげでやっとあの男を殺せた」
この包丁で川島を殺した。蛍の父親だったのか、恋人だったのかわからない男を。
そもそも蛍は川島をどう思っていたのだろう。蛍から川島への感情の言葉を光は聞いたことがない。
義理の父と娘として過ごしてきた川島と蛍は、蛍の母親の死をきっかけに男と女の関係になった。
川島は妻の身代わりに蛍を抱き、蛍の身代わりに光を抱いた。
蛍は川島しか男を知らない。パパ活でも蛍は光とは違い性的接待をしなかった。だから本番行為を拒んで相手に殺されたのだ。
母親の身代わりに身体を捧げた蛍は義理の父親を男として愛していた? 川島は誰を愛していた?
「川島から愛してるって言われたんだ。意味がわからなかった。あいつは蛍の身代わりだった私を女として愛したの」
『馬鹿な男だ』
「うん。ほんと馬鹿。私を奪った男と私の大事な蛍を奪った男はどっちも刑務所にいる。刑務所に入られると迷惑だよ。檻に入ったらアイツらを殺せなくなっちゃう。刑務所は犯罪者にとっては安全な場所なんだ」
光の隣に並んだ愁は刃物が出現しても動じない。月光のない夜は一段と暗いのに、刃物の側を離れたタオルの血の赤は二人の瞳に鮮やかに映った。
「私を奪った男は殺せなかった。でも蛍を奪った男の身代わりを殺せたから満足してる。男は皆消えればいい。男は皆死んじゃえばいい」
手元に残った蛍のスマートフォンからインスタグラムの新規投稿画面を開く。写真を選択後に文章を打ち込んだ光は右上の投稿ボタンを押して、階段の頂上にリュックサックとスマホを並べて置いた。
「でも愁さんだけは死んじゃ嫌だよ」
『どうかな。明日には俺も死んでるかもしれない』
「じゃあ、その時はまた地獄で会おうね」
再び階段の中腹まで降りた光は自分の首に包丁を押し当てた。最期の瞬間を迎える前に彼女は愁を一瞥して口元を上げる。
「ね、どうして愁さんは“ジョーカー”って言うの? 最初に教えてくれた名前がそれだったよね」
『俺のアダ名みたいなもの』
「ふぅん。でも格好いい。愁さんにぴったりのアダ名」
喪失の笑顔はインスタグラムに閉じ込めた思い出と同じ。インスタを開けば蛍に会えた。
SNSの世界で生き続ける蛍にこれから光は会いに逝く。これからはずっと一緒だ。
「バイバイ。……愁さん」
月の見えない曇り空に赤い雨が降り注いだ。