〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
 ベンチで寝ていた黒猫と愁の目が合った。闇に浮かぶ二つの瞳は愁を見据えて小さく鳴き、光が消えた方向を哀しげに見つめていた。

『お前もあの女を気に入っていたんだな』

今度は猫の返事は帰って来ない。猫相手に何を話しかけているんだとひとりごちして、彼は草に覆われた公園の小道を抜けた。

 団地側ではない道沿いの出口から公園を出て、都道を数分歩くとホームセンターの駐車場が見えてきた。閉店間近だと言うのに駐車場に入っていく車が目の前を横切っていく。

駐車場の端に停まるステーションワゴンの後部座席に落ち着いた愁は、運転席にいる日浦一真に光のスマホを差し出した。

『破棄を頼む』
『了解』

 初期化されて情報の脱け殻となった光のスマホは明日には粉々に砕け散る。警察は公園に残された川島蛍のスマートフォンを躍起になって調べるだろう。

蛍のスマホを漁ったところで出てくる証拠は、せいぜい光が蛍のスマホを使って殺された男達とトークアプリで連絡を取り合っていた事実だけ。
光側の情報を破棄してしまえば、光と愁の関係は警察に掴まれない。

『このまま恵比寿でよろしいですか?』
『ああ。……あと、調べてもらいたい女がいる。警視庁の刑事だ』

 エンジンをかける手前で日浦の顔が後ろに向いた。シートの間から伸びた愁の手にある小さな紙切れを受け取った彼は、そこにある名前を凝視する。

『木崎さんが警察を探るなんて珍しいですね』
『少し気になってな。女の身辺と簡単な経歴でいい。わかり次第、報告してくれ』

 次の目的地に到着するまで愁は無言でシートに身を預けていた。目を閉じて先ほどの光の最期を追想する。


 ──「バイバイ、愁さん」──


 あれは昨年の熱帯夜、愁が放った弾丸に男が倒れた。後始末を部下に任せて殺しの現場を立ち去ろうとした時、痩せた少女がこちらを見ていた。
目付きの鋭い野良猫みたいな少女はこう言った。


 ──「お兄さんがしたこと誰にも言いません」──


 殺人を目撃しても少女の愁に対する怯えは微塵も感じられない。銃を突き付けられても、助けて欲しいと泣き叫びもしなかった。


 ──「お兄さんってヤクザか殺し屋さん? もしもそうなら、お願いがあります。人殺しのやり方を教えて下さい。どうしても殺したい人間がいるの」──

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