〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
美夜は冷静に現場の状態を確認する。高校二年生の教科書が積まれた勉強机や、チェストに並ぶぬいぐるみに香水の瓶、壁に貼られたアイドルのポスター。
成人男性の死体が眠る部屋にしては、可愛すぎるこの部屋はかえって不気味だった。
「ここは蛍の部屋みたいね」
『なんで娘のベッドで父親が裸で死んでるんだろうな。それにこの状況はどう見てもさ、あれだよ、その……事後としか思えない』
九条はベッド脇の箱を指差した。十二個入りと書かれたコンドームの箱と散らばったビニールの小袋、くしゃくしゃに丸めたティッシュペーパーが捨てられている。
『多分そこのゴミ箱にコンドームの使用済みがある』
「手慣れた言い方ね」
『俺だって一応、彼女いた経験くらいはあるからな』
「現場で顔赤くして照れないでよ。川島に女がいたって情報はないけど……確かに蛍以外にこの部屋に出入りしていた女がいる」
チェストに置かれた化粧水のボトルはまだ新しい。最近使われた形跡がある。
その横のゴールドラメのアイシャドウが寂しげにこちらを見つめていた。アイシャドウの小さな容器は、蓋の表面がつるつるとして手垢があまりついていない。
長い黒髪、歯ブラシ、新品の化粧水とアイシャドウ。
この部屋には至るところに女の影を感じる。それは蛍ではない、蛍の幽霊の気配だった。
川島の死体発見を真紀に報告しようとした矢先に杉浦から連絡が入った。20分前に豊北団地四号棟裏の公園で女が血を流して倒れていると通報があり、駆け付けた警官が現場を保存しているようだ。
「ここお願い。様子見てくる」
『了解』
九条に川島宅の現場保存を任せて美夜は公園に向かった。美夜達がいる六号棟の隣が四号棟だ。
駐車場を横切って団地の裏に出ると首都高と隅田川が現れる。川に面して作られた団地の人々の憩いの公園は、立ち入り禁止の黄色いテープで封鎖されていた。
テープの外側には人だかりができている。
健康サンダルを履いた初老の男、スエット姿の夫婦、日本語ではない言語で早口な会話を交わす二人の女、スマホに視線を落とす少年少女……老若男女に国籍問わず集まる野次馬の群れを掻き分けて美夜は前に進んだ。
見張りの警官に警察手帳をかざした彼女に団地の住民の好奇と不安の眼差しが集中する。身分を明かして現場への立ち入りを許可された美夜を、もうひとりの警官が迎えた。
警官の話によれば通報は21時10分頃。通報者は団地に住む四十代の主婦で、仕事の帰りに遊歩道に倒れている女を見つけた。
目視で女がすでに事切れていることを確認した通報者は119番ではなく110番を選んだそうだ。
成人男性の死体が眠る部屋にしては、可愛すぎるこの部屋はかえって不気味だった。
「ここは蛍の部屋みたいね」
『なんで娘のベッドで父親が裸で死んでるんだろうな。それにこの状況はどう見てもさ、あれだよ、その……事後としか思えない』
九条はベッド脇の箱を指差した。十二個入りと書かれたコンドームの箱と散らばったビニールの小袋、くしゃくしゃに丸めたティッシュペーパーが捨てられている。
『多分そこのゴミ箱にコンドームの使用済みがある』
「手慣れた言い方ね」
『俺だって一応、彼女いた経験くらいはあるからな』
「現場で顔赤くして照れないでよ。川島に女がいたって情報はないけど……確かに蛍以外にこの部屋に出入りしていた女がいる」
チェストに置かれた化粧水のボトルはまだ新しい。最近使われた形跡がある。
その横のゴールドラメのアイシャドウが寂しげにこちらを見つめていた。アイシャドウの小さな容器は、蓋の表面がつるつるとして手垢があまりついていない。
長い黒髪、歯ブラシ、新品の化粧水とアイシャドウ。
この部屋には至るところに女の影を感じる。それは蛍ではない、蛍の幽霊の気配だった。
川島の死体発見を真紀に報告しようとした矢先に杉浦から連絡が入った。20分前に豊北団地四号棟裏の公園で女が血を流して倒れていると通報があり、駆け付けた警官が現場を保存しているようだ。
「ここお願い。様子見てくる」
『了解』
九条に川島宅の現場保存を任せて美夜は公園に向かった。美夜達がいる六号棟の隣が四号棟だ。
駐車場を横切って団地の裏に出ると首都高と隅田川が現れる。川に面して作られた団地の人々の憩いの公園は、立ち入り禁止の黄色いテープで封鎖されていた。
テープの外側には人だかりができている。
健康サンダルを履いた初老の男、スエット姿の夫婦、日本語ではない言語で早口な会話を交わす二人の女、スマホに視線を落とす少年少女……老若男女に国籍問わず集まる野次馬の群れを掻き分けて美夜は前に進んだ。
見張りの警官に警察手帳をかざした彼女に団地の住民の好奇と不安の眼差しが集中する。身分を明かして現場への立ち入りを許可された美夜を、もうひとりの警官が迎えた。
警官の話によれば通報は21時10分頃。通報者は団地に住む四十代の主婦で、仕事の帰りに遊歩道に倒れている女を見つけた。
目視で女がすでに事切れていることを確認した通報者は119番ではなく110番を選んだそうだ。