〜Midnight Eden〜 episode2.【蛍狩】
エピローグ
 水曜日の22時。土砂降りの嵐の夜に愁を自宅に呼び出した夏木十蔵は、すこぶる不機嫌だった。

『こんな時間に何か用ですか?』
『女の趣味が変わったな。今回の女は初めてのタイプだろう?』
『何の話です?』
『お前が日浦に調べさせていたことを私が知らぬと思ったか? それを見てみろ』

 徳利《とっくり》とぐい呑みが置かれた大理石のセンターテーブルには、タブレット端末が放り出されている。ものぐさな動作でタブレットの画面に目を通した愁は、わざと大袈裟な溜息をついた。

『日浦を監視していたんですね』
『ここのところ、お前と日浦の動きが不自然だったからな』

タブレットには愁が日浦から受け取った神田美夜の調査データと全く同じものが記録されている。夏木十蔵は恐ろしいほどの地獄耳と遠目がきく、厄介な男だ。

『女の素性は警視庁捜査一課所属、神田美夜。お前とはどういう関係だ?』
『一度だけ酒を飲んだ仲です』

 嘘はついていないが、夏木の探りの視線はさらに鋭くなる。

『女の上司にはカオスを潰した上野恭一郎と小山真紀がいる。カオスの城を崩す一端を担った連中に近い存在とは、二度と関わりを持つな』
『カオスの城を崩した奴らをずいぶん警戒しますね。時代は変わった。今の捜査一課でカオスと渡り合った経験がある刑事は少数でしょう』

 カオスのトップに君臨し、キングと崇められていた貴嶋佑聖と夏木は長年のビジネスパートナーだった。

現在は夏木の第二秘書の立場にある日浦一真も、カオスに属していた男の下で働いていた過去がある。夏木とカオスの縁は深い。

『俺の仕事がばれるヘマはやらかしませんよ』
『素直にこの女とは会わないと言えないのか』
『会うも会わないも俺が決める問題です。会長の指図は受けません』
『色恋に逆上《のぼ》せて、ファムファタールに喰われるなよ』

 夏木の忠告を背に受けて愁は無言で退席した。

 ファムファタールは男を破滅に導く魔性の女の呼称。
キスの素振りで動揺していた美夜とファムファタールは到底結び付かない。夏木の心配も杞憂に終わるだろう。
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