お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
 それでも、なにかが満たされない。

 一瞬の熱狂が終われば、心は覚め、世界は灰色でどんなに素晴らしい料理や音楽も心を動かさない。

 両親の死を切っ掛けに、それまで所属していたアメリカの大手コンサルファームを二十八で退職し、個人ではなく事業として投資会社を設立したものの、まだ社員が二十人を超えない頃。
 社長である守頭も当然のように営業に回り、個人活動の時から懇意にしていた顧客をあたっては、金を預かり、増やし、返すことを繰り返していた。

 そんなある日のことだ。
 フランスのとある富豪が、日本の京都に別荘を買いたいといいだし、日本人ならいいところを知っているだろう。手数料を出すから土地を探してくれと言われた。

 その富豪は会社の中でも少なくない利益をもたらす相手で、日本びいきが高じて投資顧問も歴代日本人を選んでいたというほどだった。
 もっとも、守頭自身、日本で暮らしたことなど三年もなく、それも赤子の頃だったのでまるで記憶がないが。

 親の遺産があったことや、財産整理の都合上、会社の拠点を日本としていたが、当人自身は常に海外か、あるいはそこへ移動する飛行機の中で過ごすことが多かった。

 多少の知識はあるが、そう詳しくないと断ったが、是非にもとすがられやむなく承知し、初冬の京都へ向かう。

 年末に差し迫るほど気ぜわしい雰囲気が高まる東京と違い、京都の嵐山は日に日に観光客も減り、しんと静まった空気と冷えが音もなく忍び寄る。

 その年は寒さが酷いこともあり、見上げる空は常に灰色で、時折、白い雪がちらつくのが余計気分を気鬱にさせた。
 目の前に広がる広い空き地に目を戻せば、案内してくれた不動産会社の社長とやらが手を揉みかねない猫なで声で聞いてきた。

「いかがでしょうか。こちらの土地では」
「そうですね」

 曖昧に言葉を濁しつつ周辺を見る。
 嵐山らしく緑が深い。クライアントが希望する竹林もあり、川のせせらぎがわずかに聞こえるのもいい。
 都心部から離れていて買い物が不便なところは気になるが、これ以上に里へ下れば観光客が迷い混むことも増えるだろうし、どちらにせよ買い物に行くのは使用人かハウスキーパーだろうから、クライアントにしてみれば些細な問題かもしれない。

(問題は、金額と相手に売る気があるかどうかだ)

 いい土地があると案内してもらったが、所有は地元では知る人ぞ知る旧家。
 古い価値観と体制を堅固するため、一見ではまず家に上げて貰えないという。そこをみるだけならと願い、脚を運んだわけだが。

「御所頭家、か」
「そこが問題です。あの家は当主が外国人を嫌ってますからなあ」

 守頭が購入するのであれば、まだ伝手がなくもないが、そこに住むのがフランス人とくれば話は別だと揉める可能性がある。

「売値は一億二千万を提示してますが、外国人とか気に入らないの理由で倍額にすることもあるそうで。あっちのホテルが見えますか?」

 純和風の屋敷が点在するエリアを手で示し、不動産会社の社長が苦笑する。

 たしか滞在型高級リゾート型ホテルで、部屋ではなく戸貸し。各棟にはコンシェルジュが二人、二十四時間体制でついており、出てくるワインの最低価格は一本十万、宿泊料はオフシーズンでさえ一泊三十万を越えると聞いた。

「あそこの、日本人相手かと思ったら、外国人富裕層がメイン客層だったと後から知って、だったら売らなかったのにと相当おかんむりで。……そんな訳ですから、こっちの土地の買い手には余計慎重になってる有様でして」

 今時、土地を買う相手が日本人だ、外国人だとこだわるのも珍しいが、そこが旧家というやつなのだろう。

「台所事情はよろしくないから、あちらさんとしても早く売ってしまいたいでしょうにね、なんともなんですわ」

 昔から仕事をせずとも土地代だけで食べていける家柄だったため、働く――汗を流して労働することを恥と考えている節があり、当主がしていた仕事はといえば書家や画家といった芸術的な仕事か、大学などで教鞭を執る学者かといった、いわゆる一芸に打ち込みされど秀でずの典型ばかり。

 当然、資産は相続されるごとに税金で削り取られていき、これでは不味いと先代の当主が事業を興すも失敗。それを見て育ったはずなのに、当代の当主は才も知識もないまま投資に手を出し、今ではほとんどの土地を手放す有様だとか。

 その上、当代の当主は一人息子なことに加え、生まれた子どもは娘一人。

「入り婿にでもなれば、これぐらいの土地は譲って貰えるのでしょうがね。まあ、箱入りも箱入りで有名なお嬢様だから、娶るほうも相当……でないとと」

 ようは贅沢とわがままに慣らされて育った娘か。と苦笑してしまう。

 仕事柄、そういう手合いの令嬢を見てきただけでなく、言い寄られたこともあるが、守頭自身まったく食指が動かない。どころか、相手の気持ちに頓着しない奔放ぶりは見ていて気持ちがいいものでもなかった。

「お嬢様、ね」

 皮肉を込めてつぶやけば、不動産会社の社長が、いや、私も遠目にしか姿を見たことがないんですがね。と前置きして続けた。

「沙織というお名前でしたか。今年十九になるんですが、恥ずかしくない大学に入れるだけの才はあれど、父親が大反対していて。まあ、家で花嫁修業中だとかで」

 空き地に転がっていた石を遊びにけりながら、社長は続ける。

「お客さんぐらいいい見目の人なら、結婚したいと言わせられるかもしれませんがねえ。でもねえ、御所頭家の土地はもうほとんど残っちゃおりませんで。あるのは過去の栄光と人脈ぐらいですか。社交界ではなかなか顔が利く様子だと」
「ほう。それは」

 名家が凋落しはじめる典型的な流れだと口の端を上げ内心で小馬鹿にしていると、なにを勘違いしたのか、その社長が続けた。

「沙織お嬢様は大層な美少女でして、縁談は振って湧くほどあるのですが、まあ、あの父親がねえ。金も地位も気概もある男でないと婿にはせんとの一点張りで」

 体裁を整えているが、本音は、自分の代わりに落ちぶれていく御所頭家を建て直してくれとの望みもあるのだろう。

(絶対にごめんだ。そんな沈み行く船など)

 とはいえ、土地は惜しい。この土地であればクライアントの望む以上の条件を満たしているし、別荘の規模にも充分足りる。
 二億四千万は厳しいが、二億に収まるぐらいならどうにか説得できるかもしれない。
 それに、売買の金額は可能な限り高いほうが守頭としてももうけが高い。手数料としてその五パーセントが会社に入る契約だからだ。
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