お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
 理解すると同時に、怒りがふつふつと腹の底から沸いてくる。

(お父様ったら、相変わらず人を見る目がない!)

 目の前の男に対してもだが、そんな腹づもりを持っていることも見抜けず、お見合いを許し、二人で出かけるよう計らった父に対し思う。

 これだから騙されるのだ。そのくせ、沙織が働こうとか、ちゃんと人を選ぶべきだと主張すると、すぐ、女子どもが口を出すなと頭ごなしなのも腹が立つ。

 もちろん、自分を騙そうとしたこの見合い相手にも腹が立つが、どちらかといえば愚かさに対する呆れが勝ってしまう。
 ここまで事がバレては、二度と沙織に関わろうと思うまい。いや、本人が関わろうと考えても、互いの親がそれを許すまい。
 沙織はもちろんのこと、相手もそれなりの家柄。
 今後も社交界や財界での付き合いを必要とするなら、醜聞は避けたいところだろう。

(それに、こんなことをしたとあっては、縁談もよい方が来るとは思えませんし)

 などと考えていた沙織を肯定するように、守頭が追撃の言葉を放つ。

「愛人を秘書にし妊娠させながら、他にも浮気して、さらに親から言われた見合い相手にも手を出そうとは……救いようがないな」

 いいながら、胸ポケットから出した写真をばらまく。と、そこには男と半裸の女性が抱き合う写真が写っていた。それも複数の女性と。

「な、な、なんでそこまで」

 写真をあわててかき集め、自分のスーツのポケットに突っ込むがそれに意味があるとは思えない。
 今時写真など、何枚でもプリントアウトできるのだから。
 相手もそれに気付いたのか、始末に悪そうな顔をしつつ、なおも沙織たちを威嚇する。

「こんなことをして済むと思うなよ! 僕にこんなことをしたと知ったら……」
「もとより見合いを断る気だったのに、今更、それで脅す気か?」

 先を守頭に封じられ、うぐっと男が変な声を出す。

「そ、それでも、実家への援助は」
「ああ、それなら心配はいらない」

 涼しい顔をして守頭が告げ、わずかに指に力をこめて沙織を自分のほうへ抱き寄せ宣言した。

「お前の家が提示した倍の金額で、この見合いは買い取らせて貰った。……今後、私の婚約者に、沙織さんに近づくようなら、一切容赦しない」


※※※


 見合いを買い取らせて貰った。という守頭が放った衝撃の台詞に驚かされた沙織は、呆然とする元見合い相手を一瞥する守頭に促されホテルを後にした。

 自宅まで送りますというので、促されるまま車寄せに来た黒のリムジンに乗り込めば、なぜか守頭がこめかみを押さえて溜息を吐く。

「どうか、されましたか」
「どうかされたなんてものじゃない。貴女は隙が多い上に、簡単に人を信じすぎる」

 呆れと困惑の入り交じった声で言いつつ、運転手が開いてくれた車のドアをくぐり、沙織と並んで席に座る。

 木目パネルが張られた社内は広く、後部座席(といっても車一台分はあろうかという広さだが)じゅうに張り巡らされたステレオ装置から、低くクラッシックが流れる、落ち着いた空間だった。
 通常、冷蔵庫にある場所にはパソコンらしきものが設置されており、そのモニターがどこかの株取引の様子を映しだしている。
 一人がけのシートは、恐らく子羊だろうスキンレザーを張ったオフホワイトで、そこの座面にもタブレットパソコンが置かれていて、二つ並ぶ席の間には、飲み終わったコーヒーのカップとソーサーが並んでいた。

「失礼」

 言いながら、沙織の目の前からたちまち白磁のコーヒーカップを片付けてしまった守頭は、そこに仕事中だっただろうタブレットパソコンを置いてからシートに身を沈める。

「リクライニングレバーは窓側にある。帯が当たるようなら、少し倒すといい」

 言われ、そうですねと応えて手を伸ばし、そこで守頭が見た目の冷淡さに反して、案外気が回ることを知る。

 今日のお見合い相手はまるでそんな気を遣ってないのに、沙織が和装で、しかも動きづらい振袖でいることにさりげなく注意を払ってくれているとは。

 きっと仕事も几帳面で細やかなのだろう。と思いつつ、相手を見ると、なぜか守頭はわずかに目を泳がせ、ついと視線を窓の外に向ける。

「あの、私が簡単に人を信じ過ぎる、とは」
「……だってそうでしょう。お見合い相手だというだけでのこのこホテルの部屋にまでついていこうとして、さらには、助けにきたというだけで私を簡単に信じて車に乗る。もう少し、人を疑うことを知ったほうがいい」

 言われてみればその通りだ。が。

「別にのこのこ着いていった訳ではありません。ホテルの上にあるレストランかと思って……」
「だとしても、私が送るといった時、少しは断るそぶりを見せたほうがいい。そこで言い訳するようなら、そいつもよからぬ輩だ」

 偽悪的に言い捨てられ、沙織は目を瞬かす。

「でしたら、その、守頭様も言い訳がおありでしょうか?」

 純粋に疑問に思い首を傾げれば、相手は、どこか気まずげに顔をしかめ、それから頭を振った。

「いや。まさか。……ちゃんと嵐山の実家まで送るつもりだが」
「なら、ちゃんと、人を見る目があったということですよね?」

 にっこりと笑って、相手に大丈夫だと伝えれば、なぜか守頭が目元を赤くする。

(照れている、のでしょうか)

 見慣れぬ男性から見慣れぬ表情をされて、判断に迷っているうちに、車は発進して京都の市内を緩やかに進む。

 九月といえどまだ残暑が厳しいのか、扇子や団扇をもった人が多い。

 紅葉の季節まではまだ少しあるというのに、観光客や外国人旅行客らしき人も多く、四条通りの道沿いは人の流れが途切れることがない。

 車は八坂神社前の相変わらずの渋滞に引っかかり、進んでは止まりしていたが、社内は空調がきちんと行われているのか快適だ。というか着物を身に付けている沙織が涼しいと思うぐらいなのだから、スーツの守頭は肌寒いぐらいかもしれない。

 考えつつちらりと視線を向けるものの、相手は変わらず窓の外を眺めているまま、物思いに耽っていた。

 そうこうするうちに車は繁華街と渋滞から離れだす。
 風景もそれにしたがって商店やビルなどが減り、和風建築や緑が目立つようになる。
 京都最古の神社である松尾大社の赤い鳥居と鈍色が視界に入りだし、沙織も知る景色が増えてくるにしたがって、幾分か気持ちも落ち着いてきて、今日の出来事を冷静に振り返れるようになった。
 そこではたと気付いた。

「あの」

 恐る恐るといった調子で声をかければ、相手は身じろぎしないまま、視線だけ隣に座る沙織へとくれる。
 が、そのままいつまで待っても返事がないので、勝手に質問を進めさせて貰うことにした。

「私もお見合い相手……、いえ、秦家が提示した倍の金額で、この見合いは買い取らせて貰ったとおっしゃったようですが、あれは、冗談といいますか、その場限りのはったりですよね?」

 なるべく、重々しくならないよう言葉を考えつつ尋ねたので、いつもより時間がかかってしまった。そのせいで守頭からみるとおっとりしているように見えたのか、これ見よがしに溜息を吐かれ、それからまた、黙り込まれてしまう。

 うん、そうだ。はったりだ。
 第一、お見合いなど金で買うようなものではない。縁があって、互いの家の結びつきが――などと考えている間に、車は山深い森に進み入って、古い家や小洒落た高級旅館などがあるエリアに進む。

 ああ、これはもうすぐ家に着くな。と思った時だ。

「冗談でもはったりでもない」

 今更のように返事されて、なんのことかと首を傾げ――沙織はそのまま動きを止める。

「はい?」
「冗談でもはったりでもない。君の家が秦家に要求した結納金の倍である一億、それから毎月の援助、君の生活レベルの維持を条件、その他諸々を条件に、君のお見合いを買い取らせて貰った」

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