お飾り妻は本日限りでお暇いたします~離婚するつもりが、気づけば愛されてました~
 淡々と、まるでビジネスのことを話すように説明され、目を瞬かす。

「お見合いを買った、と言われましても。私とその、守頭様は初対面では?」

 反論されると思わなかったのか、それとも違う理由か、沙織の疑問が終わるや否や、守頭の眉間が狭まって柳の葉のように形のよい眉尻がぐっと上がる。

 存外短気なのか。あるいは父と同じように女に口だしされるのが嫌なのか。
 ここまでは見目良く紳士と高得点がついていた守頭への評価に黄色信号が灯りだす。
 が、沙織の内心の評価など知らない彼は、やっぱり、長く疲れたような溜息を吐いて、それからまた最初のように窓の外を眺めながらこういった。

「見合いなど、初対面と初対面で行うことが当たり前なんじゃないか?」
「それはそうですけれど」
「だったら、なんの問題もない」

 言われ、沙織は目をまばたかす。

(問題、大ありですけれど)

 見合いとは、縁が繋がるかどうかを確かめるまたは紹介されて顔を合わせる場であって、そこから婚約、結婚と進むものもあれば、破談となるものもある。

 が、総じて、沙織が説明されたように、この金額だ、倍の金額だでやりとりされるものではないだろう。

 もちろん、沙織の家が旧家であることや、財政状態がよろしくないことを考えれば、お金を出して家名を買う――いわゆる政略結婚もあるだろう。

 もう少しこう。ロマンチックあるいは気を遣った言い方はできないものか。

 そもそも財政状態がよくないと言っても、それは家や倉にある美術品を手放せない、手放そうとしても買い手がつきにくい上、先祖伝来のものを手放したくないという父のわがままによるもので、その気になって死に物狂いで買い手を探せば、どうにか返せるだろう金額だ。
 実際、沙織も最初はそう提案したのだ。
 今の暮らしを諦め住み替えし、父と沙織が働いていけば、親子三人ならなんとか生きて行ける。
 使用人や執事などは解雇せざるを得ないが、長らく京都の旧家である御所頭家に仕え、四季折々の行事や来客のもてなしに精通している彼らのことだ。紹介状さえあれば同等か今以上の待遇で再就職は可能だろう。

(実際、執事の松尾は何度かホテルや他家から、引き抜きのお声がかかったようですし)

 お嬢様の耳に障るお話ですから。と詳細を明かしてはくれなかったが、常にモーニング。銀縁眼鏡に総白髪と、執事と聞いて誰もがイメージする外見だろう紳士は、いつも通りの微笑みを返してきたのを思い出す。

 執事の松尾だけではない。家政婦として料理の腕を振るう富子さんだって、山の伐採と庭師を兼ねる者たちだって、あちこちから声がかかってなお、昔から使えているのだからの一言で、御所頭家に留まっている。

 そんな彼らと別れなければならないのは辛いが。

(人間、食べなければ生きていけませんもの)

 見栄や格式などで空腹は満たせない。そして働かざるもの食うべからず。それが沙織の持論である。

「お言葉ですが。……私の婚姻について、まるで猫の子を売り買いするがごとく進められるのは不本意です」
「働いて返す、とでも? どうやって?」
「それは普通に、就職試験を受けて、面接をして、ですね」

 そこまで言うと、やれやれと頭をふられ、ようやく顔を向けられる。

「そうは言っても、貴女の学歴は高校卒業だろう。確かに名門校ではあるが、それだけでやとってくれる会社はない。しかも卒業して四年経っている。他のライバルが大学に行ってスキルや社会性を身に付けている時、君はなにをしていたかを具体的に示すデータはあるのか。もちろん、個人の感想ではなく、世間的な資格だとか、だ」

 ぐうの音もでない。
 沙織はもちろん、高校三年当時の担任も大学進学を望んでいたが、父が首を縦に振らなかったのだ。
 替わりに、花嫁修業とばかりに茶道や華道、日舞に習字と習い事をめいっぱい詰め込まれたが、それらの免状がビジネスに役立つとは思えない。

「それに、君と君の父上が考えるほど簡単な話ではない。働いて返せるものといえば、精々、利子ぐらいのものだろう」

 いかにも仕事ができるといった雰囲気の守頭から言われ、沙織が返事に詰まっていると、彼はまるで不愉快な会話を打ち切りたいといったそぶりでこういった。

「そもそも、君に断る権利などない」

 確かにそうだ。
 法律上では婚姻の自由が定められているものの、今回は実家の借金を返すために行う結婚、政略といえば聞こえがいいがいわば身売りである。

 ここで守頭の申し出を蹴ったとして、どうせすぐ、懲りずに父が縁談を探してくるに違いないし、三度目ともなれば断るのも難しくなるだろう。
 どうするべきか。考えれば考えるほど手詰まりな気がする。

(こういう時は、視点を変えて考えたほうがいいかもしれない)

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