〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
 涙ぐむ舞に女がハンカチを差し出した。キツネかタヌキならタヌキを思わせる柔らかい雰囲気の女だ。

「去年の夏木会長の誕生パーティーの時に会ってるんだけど、私のこと覚えてる?」
「……覚えてますよ。秘書さんですよね」
「よかった。秘書課所属の三岡鈴菜です。受付で舞ちゃんの入館手続きしてくるから待っててね」

受付で手続きを終えた鈴菜に渡された入館証のICカードには、ゲストと書かれていた。

「入館にはこれが必要だからずっと付けていてね。行こうか」
「はぁい……」

 セキュリティゲートにICカードを認証させて舞はゲートの内側に踏み込む。首からゲストカードを提げた少女を社内の人間達が物珍しげに眺めていた。

「家での木崎さんはどんな感じ?」
「仕事してる時と変わらないかも。クールで無口で、煙草吸いながらソファーでぼぉっとして、そのままソファーで寝ちゃってお兄ちゃんに怒られてる」
「会社での木崎さんはキビキビしているから、ぼぉっとしてる木崎さんは想像つかないなぁ」

屋内庭園を囲む回廊を二人並んで歩く。案内された場所は夏木コーポレーションのティーラウンジだった。

「家にいる時の方がもっと優しいよ。勝手に来て怒られちゃった」
「家に帰った時に謝れば大丈夫だよ。ココアどうぞ」

 鈴菜が出してくれた甘くて冷たいココアが喉に染みる。向かいの席に座った彼女の容姿を舞はまじまじ観察した。

美人系ではないが、二重幅の広い丸い瞳と丸い輪郭は愛らしい印象を与える。この手の童顔な女を好きな男は多い。モテるタイプだ。

「三岡さんが愁さんの彼女?」
「ええっ? 違うよっ!」
「でも愁さんのことは好きですよね?」

 鈴菜の愁への態度には、はっきりとした好意を感じた。あれでは周りにも愁への気持ちが筒抜けだ。
大人にも恋心を上手く隠せない人間がいるらしい。

「バレちゃった?」
「わかりやすいんだもん。それに舞も愁さんが好きなの。好きな人が同じ人ってなんとなくわかっちゃうものでしょ? 同志って言うか同類って言うか」

好きな人が好きな相手も、同じ人を好きになった同類の存在も、恋をする人間は好きな人の周囲に敏感だ。

「愁さん恋人いるんだって。今度ね、舞とお兄ちゃんに会わせるために家に連れて来るの」
「そうなの……」

 鈴菜は明らかにショックを受けていた。彼女の様子を見ても愁の恋人は鈴菜ではない。

「木崎さんの恋人がどんな人か聞いてる?」
「なんにも聞いてない。会社で愁さんと噂のある人っていますか? 愁さんとよく話している女の社員さんとか」
「うーん……そういう話はちょっと私の口からは言えないかな。皆、ここでは真面目に仕事しているだけだから……ごめんね」

曖昧にはぐらかされてしまった。仕事中も愁に色目を使っているくせに真面目に仕事をしているだけとは、鈴菜の大人の建前に舞は冷めた愛想笑いで返していた。
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