〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
21時過ぎに赤坂のマンションに帰宅した愁を待っていたのは伶だった。舞がすでに就寝したと告げられた愁は、苦笑いと溜息を同時に漏らす。
『説教は明日だな』
『俺からもお灸は据えておきました。愁さんに叱られたことが相当ショックだったようですよ』
『だったら小学生並のワガママを治して欲しいものだ』
緩めたネクタイを首からほどき、愁は大きなソファーに横になった。何も言われなくても愁のコーヒーの準備をする伶は、湯を沸かしながら対面式キッチンの向こうの愁に話しかける。
『最近、舞が京香《きょうか》に似てきた気がして怖いんです。舞のあの我を通す性格は、母さんじゃなくて京香に似ている』
『所詮《しょせん》、産みの親より育ての親か』
『そうですね。舞は産みの親よりも京香と一緒にいた時間が長いから当たり前かもしれません。血が繋がっていないのに舞があの女に見える時があるんですよ』
伶には母の名が付く存在が三人いる。実母、継母、養母。京香は実父の後妻だ。
『まだ女の夢見てうなされるのか?』
『たまに。悔しいけど京香にはトラウマ植え付けられましたからね。愁さんが殺さなかったらいつか俺が二人とも殺していた』
10年前、愁は夏木十蔵の命を受けて伶の父親と継母を殺害した。
銃を向けた時の京香の怯えた顔を愁は思い出せない。顔をよく見る前に撃ち殺したせいで、たいして記憶に残らない女だった。
伶が淹れてくれた熱いコーヒーが疲れた身体に染み渡る。伶自身はアイスコーヒーを作っていた。
『今日、愛佳の付き添いで日本橋の美術館のプレオープンに行ってきたんです。金魚と花を組み合わせたアート水族館でした』
伶が差し出したリーフレットに視線を落とす。日本橋のアクアドリームは朋子が話題にしていた施設だ。
リーフレットに載る雨宮蘭子の名前に愁は伶の意図を理解した。
『雨宮蘭子も会場に来ていました』
『向こうはお前に気付いたか?』
『会場は人が多いですし、雨宮の人間とはろくに会ったことがなかったので俺を見ても母さんの息子だとは気付きませんよ』
平然と雨宮の名を口にする伶は知らない。
何故、15年前に伶と舞の母親は自殺したのか。
何故、10年前に愁が伶の父親を殺害したのか。
何故、夏木十蔵が伶と舞を養子に迎えたのか。
伶はまだ何も知らない。
知らなくても生きられるのならできればこのまま知らないままで。それが愁の願いだった。
『説教は明日だな』
『俺からもお灸は据えておきました。愁さんに叱られたことが相当ショックだったようですよ』
『だったら小学生並のワガママを治して欲しいものだ』
緩めたネクタイを首からほどき、愁は大きなソファーに横になった。何も言われなくても愁のコーヒーの準備をする伶は、湯を沸かしながら対面式キッチンの向こうの愁に話しかける。
『最近、舞が京香《きょうか》に似てきた気がして怖いんです。舞のあの我を通す性格は、母さんじゃなくて京香に似ている』
『所詮《しょせん》、産みの親より育ての親か』
『そうですね。舞は産みの親よりも京香と一緒にいた時間が長いから当たり前かもしれません。血が繋がっていないのに舞があの女に見える時があるんですよ』
伶には母の名が付く存在が三人いる。実母、継母、養母。京香は実父の後妻だ。
『まだ女の夢見てうなされるのか?』
『たまに。悔しいけど京香にはトラウマ植え付けられましたからね。愁さんが殺さなかったらいつか俺が二人とも殺していた』
10年前、愁は夏木十蔵の命を受けて伶の父親と継母を殺害した。
銃を向けた時の京香の怯えた顔を愁は思い出せない。顔をよく見る前に撃ち殺したせいで、たいして記憶に残らない女だった。
伶が淹れてくれた熱いコーヒーが疲れた身体に染み渡る。伶自身はアイスコーヒーを作っていた。
『今日、愛佳の付き添いで日本橋の美術館のプレオープンに行ってきたんです。金魚と花を組み合わせたアート水族館でした』
伶が差し出したリーフレットに視線を落とす。日本橋のアクアドリームは朋子が話題にしていた施設だ。
リーフレットに載る雨宮蘭子の名前に愁は伶の意図を理解した。
『雨宮蘭子も会場に来ていました』
『向こうはお前に気付いたか?』
『会場は人が多いですし、雨宮の人間とはろくに会ったことがなかったので俺を見ても母さんの息子だとは気付きませんよ』
平然と雨宮の名を口にする伶は知らない。
何故、15年前に伶と舞の母親は自殺したのか。
何故、10年前に愁が伶の父親を殺害したのか。
何故、夏木十蔵が伶と舞を養子に迎えたのか。
伶はまだ何も知らない。
知らなくても生きられるのならできればこのまま知らないままで。それが愁の願いだった。