〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
「藍川さんのご実家の花屋では今の時期も鈴蘭を取り扱っていらっしゃいますよね。ご実家のお店のインスタグラムを拝見しました。夏まで鈴蘭が販売されているために、結婚式のブーケ用の注文が絶えないそうですね」
『店に飾るドライフラワーの花は実家の花屋から仕入れていますよ。鈴蘭もね。それだけで犯人扱いですか? 深井も撮影に使う花は俺の実家から仕入れていましたし、夏でも鈴蘭を咲かせる農家や、鈴蘭を扱ってる花屋も探せば他にもあると思いますよ』

 殺害に使用された鈴蘭の入手ルートは重要な証拠だ。深井の自宅からは藍川の実家、〈フローリスト・アイカワ〉の領収書も見つかっている。

深井は友人の実家の花屋を利用して、毒の精製目的で鈴蘭を購入していた。
そしてコンバラトキシンが大量に溶け込んだ水で作った水出しのアイスティーを誤飲した彼は自ら仕掛けた落とし穴に落ち、虚しい最期を迎えた。

 鈴蘭の物証だけに焦点を当てればそのような筋書きになるが……。

「ルイボスティーを容れていたガラスポットを見せていただけますか?」
『……いいですよ』

 店の奥に消えた藍川は、1分も経たないうちにガラスの麦茶ポットを手に戻ってきた。手書き風の魚と海のイラストが描かれたガラスポットは美夜の手に渡る。

『中身は空ですが』
「結構です。確認したいだけですから」
『確認って……何を?』

藍川の質問に彼女は答えない。ポットの全容がカメラに映るように、胸の前で慎重にガラスのポットを動かした。

「このガラスポットは深井貴明の父親が社長を務めるサブマリンフーズが、5年前に会社創業50周年を記念して五十本限定で配られた非売品だそうですね」
『ええ、深井から記念品だから使ってくれと貰った物です。有り難くスタッフの飲み物用に使わせてもらってますよ』

 残り四十九本のボトルは創業者一族と重役家族、得意先の企業に配られている。

深井の自宅にも同じ材質、同じ絵柄のガラスポットがあり、ポットの中身のアイスティーからはコンバラトキシンが検出された。あの家の冷蔵庫には、毒要りのアイスティーボトルが二つ保存されていたのだ。

「ガラスに描かれているイラストは絵本作家の宮本恭次さんの手書きイラストです。宮本さんは創業者一族の分のポットにのみ、ある趣向を凝らしました」
『趣向?』
「このヨットは帆の部品が1に、この魚の模様は9に見えませんか? 波の形は6、タコの足は3……1、9、6、3。この数字はサブマリンフーズの創業年である1963年を意味します」

 ガラスポットに隠された数字の意味は深井貴明の母親が教えてくれた。
毒要りのアイスティーが入っていたガラスポットの現物を深井の両親に確かめた時、最初にポットの違和感に気付いたのは深井の母親だった。

「数字を隠したポットは深井会長夫妻の家にひとつ、深井社長の家にひとつ、息子の貴明にひとつ、貴明の叔父である副社長の家にひとつ、合計で四つになります。限定生産五十個のうち、西暦の数字入りのポットは世界に四つしかありません。このポットは四つのうちのひとつです」

 シャンプーボトルの底を打ち付ける音が店内に大きく響いた。間仕切りの棚に打ち付けられたプラスチックボトルの音はだんだん大きく、だんだん速く、無言の藍川の代わりに音を発する。
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