〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
転坂を下りきって左折した。氷川坂に沿って、新古《しんこ》入り交じる住居が建ち並ぶ中でも一際目立つマンションの前で愁の歩みは止まった。
『ここ。俺の家』
「ムゲットの常連だから近くに家があるとは思っていました。やっぱりご近所だったんですね」
愁の自宅はこの一帯で最も金のかかったマンションだろう。黙って存在しているだけでも、出で立ちから漂う圧倒的勝者の気配。
さすがは夏木コーポレーション会長の養子と会長秘書の住まいだけのことはある。
ダブルオートロックのセキュリティを抜けてマンションの内部へ。こういった高級マンションには捜査で訪れた経験があり、目にするシステムはさほど物珍しくない。
今はシティホテルのエレベーターでさえ、部屋のカードキーをかざさなければ作動しない。愁がエレベーターの呼び出しにカードキーをかざしているのを、家に帰るだけなのにいちいち面倒なセキュリティだなと眺めていた。
エレベーターが到着した階は六階。愁の自宅の部屋番号は六○一号室だった。
玄関を一歩入ると白い大理石の床に迎えられる。愁が玄関から一声かけると、二人分のスリッパの足音が玄関先に集合した。
『はじめまして。愁さんの同居人の夏木伶です』
「神田美夜です。本日はお招きありがとうございます。こちら、舞ちゃんと一緒に食べてください」
最初に美夜と言葉を交わしたのは長男の伶。暗めのカラーリングとゆるくパーマがかかったマッシュヘアは、風貌だけを見れば今時の大学生だ。
しかし美夜が渡したケーキの袋を片手ではなく両手で腰を低くして受け取る身のこなしは、礼儀作法を仕込まれた品の良い青年だった。
『ありがとうございます。……ほら舞。神田さんにご挨拶とケーキのお礼して』
「……夏木舞です。ケーキ……ありがとう……」
兄の後ろに隠れて美夜に視線を送り続けていた少女は、小声で美夜に頭を下げた。彼女が愁が手こずっているワガママ娘の舞。
こちらも見た目は今時の女子高校生だ。
『飯《メシ》いつ頃できる?』
『あと少し。舞に手伝わせるから愁さん達は寛いでいていいよ』
『わかった。美夜、とりあえず俺の部屋に行こう』
手を引かれて案内されたのは愁の部屋。部屋の扉が閉まった途端に、美夜は強張った顔の筋肉に両手で触れた。
「この役はけっこう疲れますね。表情筋がひきつりそう……」
『仏頂面の神田美夜のレアな顔が見れて俺は楽しい』
「ひとりで勝手に楽しまないでください」
仏頂面は他人のことを言えないのではと美夜が言い返す前に、愁は飲み物を取りに部屋を出ていく。
『ここ。俺の家』
「ムゲットの常連だから近くに家があるとは思っていました。やっぱりご近所だったんですね」
愁の自宅はこの一帯で最も金のかかったマンションだろう。黙って存在しているだけでも、出で立ちから漂う圧倒的勝者の気配。
さすがは夏木コーポレーション会長の養子と会長秘書の住まいだけのことはある。
ダブルオートロックのセキュリティを抜けてマンションの内部へ。こういった高級マンションには捜査で訪れた経験があり、目にするシステムはさほど物珍しくない。
今はシティホテルのエレベーターでさえ、部屋のカードキーをかざさなければ作動しない。愁がエレベーターの呼び出しにカードキーをかざしているのを、家に帰るだけなのにいちいち面倒なセキュリティだなと眺めていた。
エレベーターが到着した階は六階。愁の自宅の部屋番号は六○一号室だった。
玄関を一歩入ると白い大理石の床に迎えられる。愁が玄関から一声かけると、二人分のスリッパの足音が玄関先に集合した。
『はじめまして。愁さんの同居人の夏木伶です』
「神田美夜です。本日はお招きありがとうございます。こちら、舞ちゃんと一緒に食べてください」
最初に美夜と言葉を交わしたのは長男の伶。暗めのカラーリングとゆるくパーマがかかったマッシュヘアは、風貌だけを見れば今時の大学生だ。
しかし美夜が渡したケーキの袋を片手ではなく両手で腰を低くして受け取る身のこなしは、礼儀作法を仕込まれた品の良い青年だった。
『ありがとうございます。……ほら舞。神田さんにご挨拶とケーキのお礼して』
「……夏木舞です。ケーキ……ありがとう……」
兄の後ろに隠れて美夜に視線を送り続けていた少女は、小声で美夜に頭を下げた。彼女が愁が手こずっているワガママ娘の舞。
こちらも見た目は今時の女子高校生だ。
『飯《メシ》いつ頃できる?』
『あと少し。舞に手伝わせるから愁さん達は寛いでいていいよ』
『わかった。美夜、とりあえず俺の部屋に行こう』
手を引かれて案内されたのは愁の部屋。部屋の扉が閉まった途端に、美夜は強張った顔の筋肉に両手で触れた。
「この役はけっこう疲れますね。表情筋がひきつりそう……」
『仏頂面の神田美夜のレアな顔が見れて俺は楽しい』
「ひとりで勝手に楽しまないでください」
仏頂面は他人のことを言えないのではと美夜が言い返す前に、愁は飲み物を取りに部屋を出ていく。