〜Midnight Eden〜 episode3.【夏霞】
「こうやって二人でいることも舞ちゃんを傷付けていますよね。早く帰って慰めてあげてください」
『あれでいいんだよ。舞は俺から離れないといけない。俺も舞から離れる時だ』
「だからって、木崎さんの子離れのために私を利用しないで……」

 苦し紛れの文句を呟いたところで愁には敵《かな》わない。冷たく澄ました瞳の奥に宿るほのかな熱が真っ直ぐ美夜を射抜いた。

 この街で空を見上げていないのは美夜と愁だけ。
塞がれた耳元に指以外の新たな感触が伝わって、美夜の肩が微かに跳ねた。耳たぶに触れた愁の吐息と唇の刺激は、電流のように彼女の身体を駆け巡る。

熱い、熱い。何もかもが火照って熱い。このまま溶けて消えてしまいそうな熱に犯された美夜の身体は、いつの間にか愁の両腕に入り込んでいた。

『勘違いしない女だから彼女のフリをあんたに頼んだのにな。どうしたらいい?』
「その質問は……どういう意味?」
『こういうことをしてもいいかって意味』

 返事を紡ぐ間も与えず重なった唇は、両者の熱を吸ってさらに熱く、もっともっと二人を溶かす。
息継ぎの仕方もわからず愁のキスに呑まれ続けた美夜は、行為が途切れた一瞬の隙に顔を背けた。

「花火……もうすぐ終わっちゃいますよ」
『花火が終わるまでは俺の女でいろよ』
「……勝手な人」

 文句を言いかけた美夜の唇はまた塞がれた。後頭部に添えられた手で抱え込まれ、腰を引き寄せられ、角度を変えて何度も何度も甘く貪る。

美夜が彼の背中に手を回せば、もっと強く抱き締められた。互いの汗の匂いも、愁から香る甘い煙草の匂いも、美夜から香るアールグレイのコロンの匂いも、すべてのものがひとつに混ざる。

「どこからが嘘なの?」
『全部、嘘』
「……最低」

 最低と言いながら、今度は美夜から愁に唇を寄せる。表面を軽く重ねただけで終わらせてくれる優しい男ではないと、わかっていて触れ合わせた唇は期待通り、深いところで繋がった。

 花火の音は遠くなり、吐息の音は近くなる。
チクリと心の痛みを伴う舞への罪悪感とは裏腹の、溢れてくる熱情が理性を鈍らせた。

速くなる鼓動は誰のせい?
遠くなる意識は誰のせい?

朦朧とするのは夏のせい?
一夜の熱情は誘惑のせい?

 花火が終わるまでの束の間のキス。恋人のフリをした偽物のキス。
花火の終演と共に偽りの恋物語は幕を下ろす。

 夜空に狂い咲く花を背にして唇を重ねる男と女。
男も女も願っていた。
花火よ、まだ終わらないで、と。同じ願いを夜空に懸けていた。
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